第4話 生存者発見であります

 庭に出てみると、目に見える範囲だけでも死屍累々といっていい状況だった。

 気分が悪くなってくるが、再び家に入りモニターで高い位置からどれほどの範囲に死体が転がっているのか確認する。

 

 我が家の周辺が一番死体が多く、離れるほどまばらになっているな……。

 ここは小屋を除けば見通しがよいけど、「遮蔽物」なんだ。我が家の仕組みに気が付いた兵が、家の敷地を無視してそのまま侵入しようとした敵兵が跳ね返されたところを狙ったんじゃないかと予想される。

 奇襲されると死亡する率もあがるだろうし。

 

 行くか、行くしねえよな。いや、そんなすぐにどーにかなるわけじゃ。

 ……ことここにきても迷う俺は、重い足取りで再び庭に出る。


 土台の枠からほんの五十センチも離れていないところで、何かを掴もうと腕を伸ばした状態でうつ伏せになったコボルトの死体が目に入る。

 や、やっぱ……無理かもしれん。

 コボルトでさえこうなんだから、人間の死体の顔なんか見てしまったら耐えられる気がしない。


 じゃあ、このまま放置してたらどうなる?

 死体は腐ってとんでもない悪臭を発し、病気の原因になる。

 死者は弔われず……この世界のようなファンタジーだとスケルトンやゾンビといったアンデッドになって動き出すかもしれん。


 い、いや、その前に……。

 横死しているコボルト兵が乗っていたポニーサイズの狼へ目をやる。


「あのサイズの獣が多数いたんだよな。『肉』に集まってくる……」


 いくらなんでも目の前で屍肉を漁られる人の姿なんて見過ごせないだろ!

 俺自身はゴルダが続く限りという制約はあるにしろ、我が家に引きこもりさえすれば生き残ることができる。外に一切目を向けない。何が起ころうが全て無視だ。

 ……無理だろ……。

 やはり、今行くしかねえ!


「……っ……」


 ん、何か音がしなかったか? 犬の唸り声みたいな。

 

 ――ザリザリ。

 今度は土をひっかくような小さな音が聞こえる。

 

「う、うおおおお!」


 さっき見た腕を伸ばしたコボルトの死体……指先がピクリと動いているじゃねえか。

 爪の先には土が付着しているし、きっとこのコボルトがひっかいたんだ。

 てことは――。

 

「生きてる!」


 土台からは降りずに、コボルトへ呼びかける。

 ほんの五十センチしか離れていないのだから、ここからでも充分聞こえるはずだ。

 外に出ると怖いし。

 

「大丈夫か? どこか怪我をしているのか?」


 しかし反応はない。

 当然と言えば当然だよな。声をかけるだけで起き上がってこられるなら、ここで倒れ込んだままにはなっていないだろう。

 

「行くか。いずれにしろ死体を弔うために外へ出るつもりだったんだ」


 拳をギュッと握りしめ、土台の枠から一歩踏み出す。

 コボルトの前でしゃがみ込み、どこに怪我があるのかつぶさに観察。

 コボルトはうつ伏せの状態で倒れ伏している。その姿は全身をこげ茶色のふさふさとした体毛が覆い、頭は狼そのもの。靴は履いておらず、汚れで真っ黒になった簡素な布の服を着ているだけだ。

 戦場に来ているというのに鎧もなく、貫頭衣に腰帯だけ……しかし、取り落としたのかコボルトのすぐそばに錆びついたショートソードが転がっていた。

 

 先にショートソードを手に取り、土台の中へ放り投げる。

 万が一、これで斬りかかられたらしゃれにならんからな……。

 

「おい、大丈夫か?」


 恐る恐るコボルトの肩へ振れ、少し揺すってみる。

 すると、ピクリと指先が震え閉じた口が僅かに開いた。

 

「グ……ゲ……」


 コボルトは何とか声を出そうとするが、意味のある言葉を紡ぐことはできないでいる。

 

「どこを怪我しているんだ? ひっくり返してもいいか?」

「……」


 コボルトの指先だけが声に応じるかのように動くのだが、肯定か否定か分からない。

 しかし、見るからにこのまま放置していては彼? の命の灯は消えることが明白だ。

 ならば、確認した方がいい。

 

 彼の身体に触れ、ゆっくりと仰向けに寝かせる。


「太ももを斬られたのか」

 

 人と異なるから傷の深さは分からないけど、太ももの上から巻かれた布の帯が赤黒く染まっている。

 恐らくまだ血は止まっていない。

 何故かって? 簡単なことだよ。彼の太ももが触れていた草は真っ赤に色づいていて地面まで染めているのだから。

 

「このままだと……確実に……」


 この先は言えなかった。いや、言ってはいけない気がした。

 このコボルトを救えるのは俺だけだ。包帯と消毒液くらいならきっと「注文」で何とかなる。

 問題はゴルダが足りるかどうかだな。

 

「少し待っていてくれ。すぐ戻る」


 土台の中に入り、心の中で「タブレット」と念じると俺の手の平に昨日散々弄った「ハウジングアプリ」が入ったタブレットが出現する。

 実は昨日何度か出し入れしてみたのだ。「消えろ」と念じるとタブレットは消える。逆に「ダブレット」とか「オープン」と念じるとタブレットはどこからとこなく現れる。

 

『注文

 医療カテゴリー

 ・包帯(二十メートル) 十ゴルダ

 ・オキシドール(二百ミリリットル)二ゴルダ

 ・医療キット(たいていの外傷に対応可能) 五百ゴルダ

 ・抗生物質(五アンプル)十ゴルダ』

 

 スクロールするとまだまだたくさんあるが、高いけど「医療キット」ってのが良さそうだ。

 他の品物は説明もなく記載通りの物なのだろうけど、医療キットだけ「対応可能」って書いているんだ。医学知識が無くとも何とかなるかもしれない。

 

 ゴルダがどうやって手に入るか分からない状況で、これだけのゴルダを使うことに一瞬躊躇するが、すぐそばで倒れ伏しているコボルトへ目を向けるたら決心がすぐついた。

 

「注文だ」


 医療キットを注文すると、個人宅に置くような救急箱が出現する。

 中を開けたら、包帯、消毒用のオキシドール、栄養ドリンクのような見た目の小瓶が十本入っていた。

 ひょっとしてこれ、ポーションじゃないのか? 飲むだけで回復するなら願ったり叶ったりだよ。

 

「よおおっし!」


 いけそうな気がしてきた俺は、途端に気合が入りコボルトの元へ医療キットを持って戻る。

 

「あ……さすがに傷を洗い流した方がいいよな」 

 

 オキシドールを直接ぶっかけようと思ったが、思いとどまった。

 藁ぶき屋根の家に入り、水、水と蛇口まで行くが、

 

「うおお。コップしかねえじゃねえか」

 

 水を汲むものがないことを忘れていたぜ……。

 

「バケツを頼むか。一ゴルダだし」


 バケツを注文し、手に持ったところで俺はある重大な事実に気が付いた。

 俺はポーションの効果を知らないんだ。

 

 いや、これでコボルトの命が救えるのなら使う事に迷いはない。

 しかし、ゲームでよく見る回復魔法のように一瞬で元気になった場合……別の問題が起こる。

 

「コボルトが襲い掛かってくるかもしれないってことだよ!」


 うおおお。どうしよう。

 その場で膝をつき頭を抱える。

 現在コボルトの意識は無い。一瞬で回復し元気になり意識を取り戻したとしよう。

 目に映るのは「人間」である俺だ。

 

 きっと彼は人間に斬られた。さっきまで戦闘していたからな。

 で、目覚めて「人間」が前にいたら――。

 ――斬られるよな。

 いや、剣はないから殴りかかられるか。

 噛みつかれるかもしれん。

 

「そうだ!」


 こんな時こそハウジングアプリだよ。

 頼むぜ、絶対安全な我が家よ。

 

 意を決しバケツに水を汲んで、庭に出る俺であった。

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