第3話 外で戦いが勃発
喉が潤ったところで、「設定・ステータス」を眺めてみる。
『名称:アンノウンネーム
土地:五マス×五マス
土地金額:二千五百ゴルダ
建物金額:千百ゴルダ
所持金:千四百七十八ゴルダ
アクセス権限:プライベート
アクセス許可:無』
名称はタッチパネルからいつでも変更可能で、名称の横をタッチすると文字入力する形で変更できる。
今のところ、何も思いつかないんでとりあえず
これで一通りコマンドは確認できたか。
いや、コマンドのうち「二.建築・カスタマイズ」の「内装」と「畑・庭」は見ていない。
だいたい予想がつくが、「内装」を選んでみるとベッドみたいな大物家具が沢山でてきた。なんと、冷蔵庫などの白物家電まであるじゃないか。
電気は通っているし、生活していくとすると冷蔵庫ははやめに欲しいところ。次に欲しいのはレンジか洗濯機かどっちかがいいかな……。
お、おっと。何を考えているんだ。
もうここに住むつもりで思考を巡らせていた。
これは夢。夢に違いない。現実にこんなことが起きるわけが……。
「一応、庭・畑のコマンドも見ておくか」
庭と畑も植物の種から樹木、変わったところだと噴水なんてものまでメニューに表示されていた。
いずれは土地を広くして農業を……って、またしても同じように考えて……。
『チュートリアルを終了します。そのため、アプリからあなたへのメッセージをお届けします』
お、これでチュートリアルさんが終わりってことか。
メッセージ? 続きをタッチしろと出ているな。
『あなたはあなたの土地の中にいれば、絶対者です。安全その他全て保障されています。もっとも餓死などあなた自身の体調は考慮に入っておりませんので、予めご了承ください』
最後おお!
不吉なことを書くなよな。メッセージもこれで終わりかと、メッセージウインドをタップする。
――しかし。外はそうではありません。
そ、外は危険。危ない。引きこもろうとの指示か。
でもさ、こういうパターンだとゴルダを増やすために外に出て稼いで来ないとじゃないのかよ。
不安を覚えつつ床にゴロリと横になる。
リアルな木の板の感触が体に伝わってきて嫌がおうにも、これが現実だと主張してくる。
夢で五感全てを明確に感じることなんてあるだろうか? 明晰夢なんてのがあるらしいけど、俺はこれまで一度も体験したことがない。
そこまで考えたところで急に怖くなってきて、コップに水を入れごくごくと二度ほど飲み干す。
「寝たら、元に戻るさ」
殊更元気よくそう呟き、体を丸め頭を抱え込むようにして眠りにつく。
◇◇◇
つけっぱなしにしていたモニターから目覚ましの音より大きな怒声が耳をつんざき、一気に目が覚めた。
タブレットで時間を確認したところ、眠りについてから五時間ほど経過している事が分かる。
ついでに、寝て起きても現実は藁ぶき屋根の中だったことへ頭を抱えてしまう。
しかし、一体全体何の音なんだ?
とモニターを見た。
ここまでが俺が謎の平原に転移してからの六時間だ。
モニターに映る映像は、テレビのリモコンで見る高さが方向を変えることができる。縮尺、拡大までできてしまうという優れものである。
なので、俺からは人の軍団とモンスターの軍団の様子がよく見えるのだあ。
「って、呑気に考えている場合じゃねえ」
号砲をあげ青色の旗を勇壮にはためかせた人の軍団は、雄たけびをあげながらこちらに向かって突撃してくる。
反対側に位置どるモンスターの集団もまた、咆哮やら金切り声やらを発しつつこちらに向かって駆けていた。
騎馬と狼に乗るコボルト兵の動きがはやく、彼らは我が家から真っ直ぐ縦に引いた線上でついにぶつかり合う。
「こ、ここにも来るうううう。って」
騎馬が地面から五十センチほど盛り上がった我が芝生の庭に構う事なく突進しようとしたが、音も立てずに足をかけた馬がその勢いのまま反対側へ弾き出され横転する。
それに伴い、馬上の兵が馬から投げ出され地面に勢いよく転がった。
反対側も同じだ。狼の頭が自分の突進の勢いそのままに反対側に跳ね返されて、「きゃいん」と案外可愛らしい声を出して上に乗ったコボルト兵ごとゴロゴロと転がる。
「『プライベート設定』すげえ」
我が土地には俺以外入ることを許可しないプライベート設定になっていた。
もちろん、馬や狼へアクセス許可を出していない。
「安全その他全て保障されています」というアプリからのメッセージが頭に浮かぶ。
それと同時に、
――外はそうではありません。
という言葉も思い出し、乾いた笑い声が出る。
「うわあ。うわあ……」
我が家は絶対安全確実。そこは間違いない。
しかし、彼らは侵入できない我が家を回り込むようにして騎馬は槍をコボルト兵は剣を構えお互いに斬り合う。
勝ったのは騎馬の方で、哀れコボルト兵は喉を一突きされて狼から投げ出された。
犬の顔をしているとはいえ、人型なんだ。首から噴き出した生々しい鮮血が俺の目に飛び込んできて、倒れ伏したコボルト兵は血だまりの中で絶命した。
「うっぷ……」
これまで死体など見たことのない俺へは刺激が強すぎ、嫌悪感から吐き気を催す。
こ、これ以上見てはダメだ。
モニターの電源を落とし、トイレに駆け込む。
胃液しか出なくなるまで吐いた後、部屋の隅で体育座りをして毛布を頭から被り頭を抱えた。
ガチガチと全身が震え、外から聞こえてくる絶叫や鬨の声に耳を塞ぐ。
はやく、はやく終わってくれ。もうたくさんだ!
俺は物語の主人公ではないと確信する。
転移・転生した物語の主人公は、チート能力を使って敵を倒し勝ち誇るが俺には無理だ。
いきなりの戦場を安全な位置から見ているとはいえ、耐えられるわけなどないだろう。
先ほど見た鮮血が脳内にこびりつき、離れてくれない。頭を振り、毛布をギュッと握りしめる。
「そう長くはないはずだ……遅くとも日没までには終わる……」
◇◇◇
昼過ぎには戦いの喧騒がやみ、辺りはこれまでのことが嘘のように静けさを取り戻した。
恐る恐る窓から外を見渡すと、地面に伏せ身動き一つしない人やモンスターが目に映る。
先ほどの凄惨な光景がフラッシュバックし、またしても吐き毛を催すがもはや吐く物が胃に入っていない俺には問題ない。
どれほど酷い光景になっているのかとモニターの電源を入れた……。
「う……」
思ったより死体が少ないけど、それでも十体は軽く超える。
リモコンをいじって上空俯瞰距離で見渡してみたところ、既に両軍の姿は無い。
「戦場だから仕方無いとはいえ……死者をそのまま放置するとは……」
このまま放っておくと、死体が腐り……とんでもない悪臭を発することになる。
それよりなにより、何もできない俺だけどせめて放置されたままになっている死者を弔いたい。
理由は知らないが、勇敢にも戦いに赴き散って行った戦士たちが放置され朽ち果てるのはあまりにも報われないだろうと思う。
「俺の思いは別にして、まだ敷地の外に出るのは早計だ。まずは庭に出るか」
何か見逃しているかもしれない。
我が家の土地から一歩でも外に出ればそこは戦場跡なんだ。
対する俺は丸腰のジャージ姿。荒事の経験も無い。何かあればそのまま大けがしてしまうことは火を見るよりも明らかだからな。
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