PAGE1 不要物同士の邂逅
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「やあ、目が覚めたかい? タイヨウ・ワタヌキ軍曹殿」
気がつくと日はどっぷりと暮れていて、あたりは温かい焚き火の光で照らされていた。
上体を起こして周囲を確認すると、火の番をしている眼鏡に白衣といったこの辺りでは珍しい格好の少女がいた。
その少女はなぜか日本語を使って俺に話しかけてきた。少女も日本人のようだが、俺は中東の紛争地帯にいたはず。どう考えても観光で行くような場所じゃないし、そもそも少女は観光客という感じでもない。
少女のいう『綿貫 太陽』という名前が一瞬誰のことを言ってるのかわからなかったが。それが俺の名前だと気がつくのに少し時間が掛かった。
「元軍曹だ。それとその名前は呼ばれ慣れてない、俺のことはソルって呼んでくれ。今は軍を辞めて傭兵をやっている」
「りょうかい、ソル、心得た。なに、勝手ながらキミの手荷物から素性の分かりそうなものを探らせてもらったところ、米陸軍の軍人手帳が出てきたからなてっきり現役なのだと勘違いしたのさ」
この娘は
いや、今は少女の素性がどうこうよりも
――どうして俺は目覚めた?
たしかに、俺は自分の頭に拳銃を撃った。
暴発して失敗したか? いやそれはない、拳銃を握っていた手に怪我はない。代わりに俺の頭には包帯が巻かれている。
「頭から血を流して倒れていたところを発見したんだ。急を要すると判断したため勝手にキミの所持品から応急キットを拝借して処置を施させてもらった。まあ、幸い出血も多くなかったし傷が骨まで達していることはないだろう」
その程度で済むわけがあるかよ。
ゼロ距離からの発砲だぞ。発砲音が聞こえるより速く弾丸が頭蓋骨を脳みそと一緒に破壊するはずだ。暴発でもしてなければ生存はあり得ない。
「それ以外に目立った外傷は見つからなかったし。さしづめ、拳銃自殺を図ったんだろう。残念だったな死に損なってしまって」
なんでちょっと嬉しそうに笑ってんだよ。
「そこまで分かってるんなら見殺しにしといてくれよ」
「あいにく、私はキミを必要としているんだ。そこは運が悪かったと思っておいてくれ」
「俺が必要? 悪いが俺に軍人としての情報価値は無いぞ、軍属から退いて五年は経ってる」
軍人ならば情報資源あるいは捕虜としての価値はあるが、国から独立した傭兵にそれらの価値はない。生け捕りに価値を見出すなら、敵対組織より高い報酬で買収するくらいか。まあ、この少女にそれほどの経済力があるとは思えないし十中八九ないだろうが。
「あながち、キミの予想は間違ってはいない。私はキミからの情報を期待している。だが、それはキミが元軍人だとかは関係ないがね」
「あん? どういうことだ?」
「かんたん、私と同じ境遇の人間を探していた。ってだけの話だよ」
「……あんたと同じ境遇?」
「そう、私と同じ様にこの世界に飛ばされてきた人間を……ふむ、自分の身が今どういう状況に置かれているかまるで分かっていないようだね」
どういう意味だ? この世界?
なにからなにまで状況が飲み込めない。
「かいふく、してるだろう? もう動けるなら、私について来てほしい。そこでならキミの身に何が起こったかを理解してもらいやすいだろうからね」
「おい、待ってくれ、俺はまだアンタの名前すら知らないんだ。得体の知れない相手にそう、ほいほいついて行くと思うか?」
「それもそう。申し遅れたね。私は伊藤 茉莉。ふむ……これでは少し味気ない……そうだな、私もキミに倣ってジャスミン、とでも名乗らせてもらおう。これでいいかい?」
「どこぞのイエローかよ……」
ジャスミンと名乗った少女は、言うが早いが動けるように身支度をし火の始末まで終えてしまった。
このまま、一人で考え込んでいても状況が好転しないのは確かだ。多少怪しかろうと訳知りのこの少女の案内に従うしか他に道はないだろう。
それに、もとより一度は命をなげうったこの身。これからどんな目に合おうと、俺の知ったこっちゃない。
傭兵異世界放浪記 文月イツキ @0513toma
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