第3話

 食堂に戻れば、先程より人が増えていた。

 いや、見る限り人外が多い。

 角や翼や、人間にはないモノをその身に持った者が日本語で会話している。

 言葉が通じるのなら、構わない。

 いちいち驚いている場合ではない。

 腹が減った。

 目立たないように、隅の方へ腰を降ろして観察する。

 どのようにして此処を利用しているのかわからなければ、流石に…。

「隣、座っても良いかしら?黒紳士さん」

 突然声をかけられ、其方へ目を向ける。

 赤毛に角。

 鬼か?

 口調や見た目からして多分女性だと思われる。

「あぁ、構わない」

「ありがとう。貴方、見ない顔ね」

「そうでしょうね」

「いつ、此処へ?」

 隣へ腰を降ろしてそう問いを続けてくる鬼の女性から、目をそらした。

「昨日です」

「昨日?そんな話は出てなかったけれど。もしかして、嘘かしら?」

「クラウドに聞いてみるといい。嘘かどうかはそれから判断してくれ」

 見ていれば白いコック帽が料理人で間違いはないようだ。

 こうもわかりやすいと、助かる。

 料理人に直接、食べたい料理を頼む。

 そういうシステムなのは、初めてだ。

「クラウドと知り合いなのね。意外だわ」

「さて、何か朝食らしきものを、」

「朝食なら、ドラゴンサンドがオススメよ」

 ドラゴンサンド?

 ドラゴンの肉でもサンドされているのか?

 というか、ドラゴンは食べられるのか?

 それともドラゴンフルーツと同じで名前がそれなだけか?

 得体の知れない料理名に、首を傾げる。

「それは、どういった食べ物なんだ?旨いのか?」

「勿論!見ればわかるわ!」

 やけに楽しそうにそう返答してくる。

 どういったものなのかくらい、答えて欲しいものだ。

 見ればわかる、という類の言葉はあまり好かない。

 料理人の方へ向かう。

 その金色の目とこの目が合った。

「新人だな?」

「の、ような者です」

 初対面でも構わず喋るような性格の者しかいないのではないか、と思わされる。

 いや、接客業ではそんなことを考えている場合ではないのか。

「新人にはコレを食わせるって決まってんだ!ほらよ!」

「どうも…」

 差し出される謎の料理を受け取る。

 それを持って隅の席へ座った。

 さて、どう食したものか。

 箸というものが無く、フォークとナイフ。

 この赤紫の肉が、牛でも豚でも鳥でもないのなら、なんだ。

 蛇や鰐の類か?

 フォークで抑え、ナイフで切っていく。

 肉汁が出て、切れば切るほどに柔らかさに気付かされる。

 一欠片を口に入れる前に、匂いを嗅いでみる。

 ここまでで一言言うとしたら、「美味しそうだ」に尽きてしまう。

 口の中に入れてしまえば、なんとも言えない美味しさに、目を見開いた。

 噛む必要が無いほどに、とろりと柔らかい。

 これは食が進む。

 米が欲しい。

 あっという間に食べ終えてしまった。

「おかわり」と、言いいたくなる。

 いや、言わせようとしているのか?

 だが、流石に胃袋はそこまで大きくない。

 欲はあっても、食べ切れないだろうし、それでは勿体無い。

 皿を持って料理人の前へ戻った。

「なんだ?やっぱりおかわりか?ん?」

 元気いっぱいな料理人へ、皿を差し出し一礼した。

「今まで食べてきた中で一番でした。有難う御座います」

 そう口に出して言ったのは、そう言わせるような料理だったからだ。

 しかし、料理人は驚いた顔で固まってしまっている。

「そんなことを言ってくれるのはお前だけだ!!」

 突然そう叫ばれた。

 そしてついにはうおぉ、うおぉ、と泣き始めた。

 ただ伝えた感想に、泣かれるのは此方も初めてのこと。

 周りからヒソヒソと声が上がり始めた。

『グンファを泣かせた新人』。

 そんな声が耳を通り過ぎた。

 これは不味い。

 そんなつもりはなかったのだが。

「泣かないで下さい」

 そう声をかけてももう此方の声は届いていない。

 皿を机に置いて、どうしたものかと考える。

 どうしろというのだ。

 この状況を。

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異世界に転職しまして 影宮 @yagami_kagemiya

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