第3話

 米軍の大規模な襲撃がある日、8月14日は朝から慌ただしく緊迫した空気が流れ、ほんの些細な機体の汚れでも怒号が飛ぶといった具合であり、正彦達もまた、いつ来るかわからないであろう米軍達に本心は怯えているのだが、それを口に出してしまったら非国民と呼ばれるためにあえて口には出さないで滑走路にいる。


 正彦達のそばには醍醐や、ヒロポンと呼ばれる覚醒剤の薬剤を持った軍医がおり、正彦や弥助を除いた隊員全てがヒロポンを注射して貰っている。


 全員が出揃った所で、醍醐は口を開く。


「諸君、この燃料は特殊な製法で作られており、この戦いでうまくいったら増産をする方針でいる。乾坤一擲の精神で鬼畜米英を撃ち落とせ……!」


(特殊な製法だと……一体なにが使われているんだ? だが、勝てれば良い、晴美を守る為だ!敵に勝てれば手段は要らないんだ……要らないんだ……!)


 正彦は、燃料の特殊な製法が気にかかっているのだが、晴美の顔を想像し、臆病風に吹かれている自分自身の気持ちを無理矢理にでも高めている。


 ここにいる者もまた、開戦前に祝言を挙げて故郷に家族がいる者が多くおり、家族を守るためならば、米軍に勝てるのならば何をしても良いという半ばヤケクソな気持ちでいる。


「醍醐司令!」


 眼鏡をかけた30代ぐらいの肌艶の男は、息を切らせながら醍醐の元へと駆け寄る。


「米軍機多数、帝都へ侵入しております!」


 その男の一言で、周囲に緊張が走る。


「よし、雷神部隊全機出撃せよ!」


 醍醐はそう言うと、手に持っている日本刀を天に掲げる。


☠️☠️☠️☠️


 その日、米軍は日本の息の根を止めるつもりで、普段よりも増して戦闘機と爆撃機の数を増やして帝都へと侵入した。


 その数、戦爆合わせて100機ほどであり、そこには最強の敵、P51が60機ほど高速で空をジグザグに飛んでいる。


「ヘイ、ジニー! お前何機墜とした!?」


 機体に黄色の線が書いてあるそいつは、日本軍を完全に舐めてかかっているのか、まるで七面鳥を撃ちに行くかのような、楽勝だと言いたげなそぶりで僚機に無線で聞く。


「12機目です! ボブ大尉は何機目でしょうか!?」


「俺は30機目だ! この作戦は楽勝だ、ドイツ軍のようなジェット戦闘機は無いからな! どうせ日本軍の燃料はハニーバケツの中身だ!」


 三日ほど前に正彦を撃ち落そうとしたそいつは、10機の日本軍機を撃ち落としてエースとなり、隊長を任せられ、自分の腕に自信があるのか、それとも、P51を信頼しきっているのか、性能が遠くにも及ばない紫電改等の日本軍機を舐めきっている。


「ん? 日本軍機だ! 撃ち落とすぞ!」


 ボブは機体をバンクさせて、目の前1キロ先を飛ぶ正彦達の部隊の存在を知らせ、勲章目的なのか、撃墜スコアを増やすために、我先に正彦達に向かう。


☠️☠️☠️☠️


 正彦は紫電改の操縦桿を握り締めながら、今まで味わったことがない感覚に陥っている。


(速い……速い! これならば、P51に勝てる!)


 目の前には、米粒大の敵機がおり、お互いの速度が速いのかみるみるうちに距離が近くなり、向こうの方が弾道が伸びるために弾丸を放ってきている。


 その中のP51は、正彦に狙いを定めたのか、お互いのジュラルミン装甲が見える距離になり、弾丸を浴びせかけるのだが、正彦は操縦桿を操作して避けて、そいつとすれ違いになり胴体をちらりと見やる。


(あいつ、何処かで……いや気のせいだ! 撃ち落とすぞ!)


 正彦は速度を上げて、回避運動を始めて後ろに着こうとするそいつに向かう。


 そいつは速度を上げて振り切ろうとしているのだが、正彦の機体はそいつにくっついて離れない。


 新型燃料を満載した紫電改は時速が750キロ近く出ている。


 電光照準器にそいつが入り、速度を上げて振り切ろうとするのだが、速度が違うために正彦にとっては空中で止まっているようにしか見えずに、弾丸発射ボタンを押す。


 そいつは主翼が吹っ飛び火が出て、地面に落ちていき、パラシュートで脱出しようとするのだが、正彦は情けをかけずに容赦なく弾丸を浴びせかけて、パラシュートが破れて地面へと一直線に落ちていった。


(やった、勝ったぞ……!)


 正彦は勝利の余韻に酔いしれずに、冷静に次の獲物を探す。


 空中では、別の紫電改がP51を撃ち落としているのが正彦の目に飛び込んでくる。


 ☠☠☠☠


 基地に帰った時、整備兵達は満面の笑みを浮かべながら正彦を出迎えるのがコクピットの中から見える。


 対照的に、隣にいる弥助は複雑な表情を浮かべている。


 弥助の表情に正彦は一抹の不安を得ながら、紫電改を降りて弥助の元へと向かう。


「飛田、やはり戦果は勝利か……?」


「はい! P51を6機撃ち落としました! この燃料は凄まじいです! 増産はできませんか!? これが大量にあれば日本は勝てますよ!」


「残念だが、それは出来ない……」


 弥助は複雑な表情を浮かべて大きな溜息をつく。


「何故でありますか!? これがあれば……この燃料は一体何で出来ているのですか!?」


「……」


 正彦の問いかけに、弥助は口を塞ぐ。


「勝利だったようだな……」


 不意に後ろから、醍醐に声をかけられて、正彦は慌てて敬礼をする。


「はっ。ただいま戻りました。6機撃墜確実です。この燃料の増産をお願いいたします」


「うむ、それなのだがな、この燃料が何で出来ているか知りたいか?」


「はっ」


「この燃料には、松根重油の中に、乙女の血液が入っている……」


「え……?」


「勤労動員の女学生や婦人の血が、この燃料の中に入っている。貴様の妻の晴美もその中の一人だ。この燃料を増産する方針でいこう……」


 醍醐は、がはは、と下品な笑い声をあげてこの場を立ち去っていく。


 正彦は、目の前が真っ暗になり、なすすべも無く目の前に立ちすくんだ。









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