6 「F'sについて?」
「F'sについて?」
浅香京介を調べる。って…意気込んでルームを出たのはいいけれど。
どうやって調べる…と、途方に暮れた。
…本当なら。
本人と話してみるのが一番なんだろうけど…
まだ、無理だ。
顔見たら殴りかかりそうだもんね…
あてもなく歩いて、社食に辿り着いた。
するとそこで、あたしと知花が高校生の頃バイトしてた広報で、色々教えてくれたお姉さま方に遭遇した。
あたしより10歳上だったから…年齢は32歳。
このお三方、情報通だったよなあ。
本当に色々…幅広く。
「ええ。あたし、同業者についてあまりにも知らなすぎだなと思って…」
首をすくめて言ってみると、向かいのAさんBさん、そしてあたしの隣のCさんは…
「あ~、分かる。聖子ちゃん、結構猪突猛進タイプだもんね。」
「音楽は聴いても、プレイヤーは知らなくてもいいって感じ?」
「SHE'S-HE'Sは敵なしだから、何も気にしなくていいんじゃない?」
口々にそう言った。
…猪突猛進…音楽は聴いてもプレイヤーは知らなくていい…
大当たり過ぎて、ぐうの音も出ない…!!
「いや、敵なしってなんですか。あたしにとっては、全アーティストがリスペクト対象ですよー。」
三人はニコニコしながら、お茶をずずっとすすって。
「音楽的な所は聖子ちゃんの方が詳しいだろうから、それ以外の知ってる事とか思ってるを話せばいいの?」
「わ~、休憩時間足りない~。」
ちょっと、盛り上がってる。
…そうか。
女が集まってF'sを語るには、時間がかかる…と。
「恋愛対象で言うなら、あたしはダントツで
Bさんがそう言うと、あたしを含めた三人が小さく『えっ』と低い声を上げた。
「うわ、何…そのリアクション。」
「だって、臼井氏、48歳よ?」
「知ってるわよ。若造にはない大人の魅力がたまんないわ。」
「え~…16年上を恋愛対象にするには、ちょっと遅くない?48って事は…あっちの方、いくつまで頑張ってもらえるかさあ。」
「何それ。ハードロックのベーシストだもの。体は鍛えられてるから、問題ないんじゃない?何ならいくつになっても現役っぽいわよ。」
「ああ…なるほど…臼井さん優しいし、あたしもありだな…」
「……」
あたしは…口を引き結んで三人の会話を聞いた。
音楽以外の知ってる事や思ってる事を話せばいいのね…って、出て来たのが…
恋愛対象。
い…いや、まあ…いいんだけどさ…
そう言えば、このお姉さま方、あの頃もこういう話で盛り上がってたよね…
『さー、今日も妄想で仕事乗り切るぞー』みたいな…
「あたしはTOYの時からアズだったんだけど、彼って口開くと…ねえ…」
「ああ…」
「納得…」
口を開くと妙な事ばっかりだし、力が抜けそうな口調っていうか…
見た目とのギャップがマイナスに出ちゃうタイプ。
だけど、それを知っても男性ファンが多いのは強味な気がするな。
あたしも、つきまとわなくなった東さんは…別に嫌いじゃない。
いつも笑顔だし、何なら…好感度は上がった。
意味不明な会話が聞こえても。
「まあ、アズはそんな所も可愛いけどね?」
「でも、ピロートークは期待出来な…」
AさんとBさんはそう言って、ハッとした顔であたしを見た。
え…何…
「ごめん…聖子ちちゃんのイトコの旦那さんだわ…ピロートークの件は忘れて。」
「そうよ。ごめん。あたし達、一応既婚者については、妄想の中でもあっちの方は引退してもらってるのに…うっかりしてたわ。」
「い…いえ…」
東さんが瞳さんと結婚したって事で気遣ってもらえたようだけど、妄想の中であっちの方を引退って…
まだ若いので、妄想の中でぐらい好きに動かしてあげて下さい…
って、思うけど言わない。
「仕切り直しね。えーと、アズ。アズって可愛いけど、恋愛対象として見るなら神君だな~って。」
「あ~、分かる分かる。」
「あたし、結構本気で狙ってたんだけどなー…」
そう言いながら、Aさんは目を細めてあたしを見た。
…知花と神さんが結婚したのは、広報でのバイトを始める前だったけど…
二人の関係が公になったのは、F's結成後、初のテレビ収録の日だ。
ステージから駆け下りた神さんが、知花を抱きしめた。
会場は騒然となったし、スタッフも大慌てだった。
SHE'S-HE'Sのメンバー全員が素性を明かしてないって事で、神さんは後日…結婚した事だけを発表した。
相手の事は、一切告げず。
ただひたすら『世界一幸せになりました』って…
「あたしは神君の事は近所の男の子的存在で見守ってたけど、あれは衝撃だったわ…胸が痛かった所を見ると、こっそり片想いしてたのかもって思う。」
釣られたようにCさんが言う。
そ…そうか。
みんな神さんの事、好印象なんだ…
「…でも、神さんって目付き悪くて口調も…アレですよね。それでもOKなんですか?」
なんだ?この質問。って思いながら、三人に問いかける。
「神君に関してはね、歌で全部許せちゃうのよ。」
「そう。それ。双子連れて来てデレデレになってるの、見たくなーい!!いや、でも見たーい!!って複雑な乙女心も、歌ってるの見たら、もう…全部どうでも良くなる。」
「神君の歌ってる所はアレよね。栄養剤(笑)」
「あはは!!それそれ!!」
…知花以外にも神さんを栄養にする人いるんだ…って、ちょっとビックリしてしまった。
いや、もちろん知花のそれとは違うけどさ。
「あっ、知花ちゃんには内緒よ?」
「え…あ、はい…」
そして…
「ナオトさんって、もう…指がすごくしなやかでね~。」
「朝霧さんの関西弁、萌えるわ~。」
…出て来ない。
浅香京介の名前。
もしかして、忘れられてる?
「えーと…浅香さんは…?」
業を煮やして問いかけると。
三人は顔を見合わせて。
「正直…SAYSの頃から影薄いわよね。」
「言えてる。」
「……」
ええええええええええ!?
あんなに…
あんなにすごいドラム叩くのに!?
影薄い!?
いやいやいやいや…あり得ない!!
「で…でも、たくさん女の人連れて歩いて…」
「あ~、『浅香を落とし隊』ね?」
「あ…浅香を落とし隊…」
「そ。誰が浅香京介を落とすかって。」
…うわ…
これも神さんが言ってた通り…
「でも、落ちた話聞かないわよね。」
「無理じゃない?」
「きっと無理ね。」
三人は腕組みをしてまで、うんうんと頷いてる。
…浅香京介、せっかく独身なのに…あっちの方の妄想は発動してもらえないのかな…?
「…それでも『落とし隊』は頑張るんですかね…?」
広報のお姉さま方に『無理』と言われても?と疑問を投げかける。
「浅香君が女つくらない限り、夢見ちゃうんじゃない?」
「夢って言うより、もはや意地じゃないかなあ~。」
「あはは、言えてる。」
「……」
結局…調べると言っても、前情報と似たような話と、あいつも…
あいつも、相当な鉄の男っぽい事が分かっただけ。
あたしは社食を後にして、エレベーターに…
「……」
エレベーター。
開いたドアの向こうには、浅香京介本人が…一人で乗ってて。
あたしが固まってると、最初は足元にあった視線が…
「……」
あたしを、捉えた。
「……」
「……」
…おかしいな。
目も合わせられない超人見知り…って聞いたのに。
…合ってるよ。
ガツッ
「あっ。」
突然、腕を掴まれて、中に引っ張られて。
「…そこ、危ないだろ。」
その瞬間、ドアが背後で閉まった。
「…どうも…」
「……」
「……」
ああ…
あああああああああ…!!
どうすればいいの――!!
「今日は…彼女、一緒じゃないのね。」
ちが――う!!
違うだろ――!!あたし!!
「か…っ…」
浅香京介は勢いよく顔を上げて、あたしと目が合うと…すぐさま俯いた。
…何よ。
さっきは…しっかり見つめたクセに…
「…彼女なんて…いねーし…」
ボソボソとつぶやかれる言葉を、あたしは目を細めて聞いた。
今まで…あたしには随分ハッキリと物言いしてた気がするけど。
どうしていきなり人見知り?
「……」
「……」
「あのっ…」
「あのさ…」
同時に言葉が出て、顔を見合わせた。
「…何。」
「…いや、先にどうぞ。」
「……」
あたしは一つ息をついてから。
「…あたし、あんたの事、好きじゃない。」
「……」
「だけど、アメリカに行くって言われると…なんだか、あたしのせいみたいで後ろめたい。」
って、顔を見ずに言った。
だけど返って来るのは沈黙。
浅香京介はポケットに手を突っ込んだまま…自分の足元を見てる。
そして、エレベーターが二階に着く寸前…
「…俺、あんたに謝らなきゃいけねんだ。」
やっと、つぶやいた。
「今更何を…」
浅香京介はあたしに一歩近付くと。
「…ヤったなんて、嘘だよ。」
耳元でそう言って、開いたドアから足早に出て行った。
「………え…っ?」
『ヤったなんて、嘘だよ。』
あいつの言葉が、頭の中でグルグル回る。
…やってない?
やってないって…
閉まりかけたドアを開けて、あたしもエレベーターを降りる。
辺りを見渡して…
あいつは…
あ!!
「ちょっと!!」
あたしは、ロビーに見付けたその背中に向かって叫んだ。
大きな声を出したものの、あいつは振り向かない。
…もう!!
「京介!!」
あたしの呼び掛けに、京介は振り返って。
呼んだのがあたしだと分かると、驚いた顔をした。
あたしはエスカレーターを駆け下りて京介に近付くと。
「ちゃんと説明しなさいよ。」
胸倉を掴んで、そう言った。
「……」
「説明して。」
「…正直に…?」
「当たり前よ。」
あり得ない至近距離。
だけどあたしは、京介の目を見据えたまま。
…かたや…京介は…
あたしの目を、見たり見なかったり…挙動不審。
「…うちに帰ったら…あんたが脱ぎ始めて…」
「うっ…」
「最初は…俺も酔ってたし…勢いで…って思ったけど…」
「……」
「あまりにも…無防備な顔で…それで…気が失せた。」
「…なんで、ヤったなんて…」
あたしの質問に、京介はしかめっ面をして。
「…寝顔、一晩中見てただけって…そっちの方が…気持ち悪がられるかと…」
「……は?」
一晩中…寝顔を見てた…?
あたしがポカンと口を開けると、京介はさらにバツの悪い顔になって。
「…マジ…サイアクだ…」
ガックリと、うなだれた。
髪の毛の隙間から見える顔が、赤い。
それを隠したいからか、必死であたしから顔を背けてる。
「色々…悪かっ…」
謝りかけた京介の言葉が止まった。
あたし、何やってんだろ。
こんな公衆の面前で。
「こ…っ…これ…これは……っ…」
京介が慌ててる。
「あんた…思ったよりいい奴…」
あたしは京介に抱きついたまま、そう言った。
「……嘘ついて…傷付けた…ぜ…?」
「…あたしの事、好きなの?」
「……ん…」
「え?」
「…う……うん…ほ…惚れてる…」
…ふふ…
何だろ…
つい、おかしくて…首元に顔を埋めて笑うと、くすぐったいのか…京介が身じろぎした。
「…いつから?」
「…アズに…俺に落とせない女はいないって…吹くずっと前から…」
「…変わってるね…あたしみたいなの…いいってさ。」
「……俺は…サイアクだけど、あんたは…サイコーだと思…思う…」
「……」
背中に…遠慮がちな手が回って来た。
あたし…身内やバンドメンバー以外とハグするの、初めてだな…
って…
これ、ハグじゃないよね…
京介の心臓かな…
バクバクしてる。
ついでに…きっとあたしのも。
「…アメリカ、行くの?」
抱き合ったままで問いかける。
ここはロビー。
そんな所で…あたし、まさかって事…してるよね。
「…行く。…って決めてたけど…」
周りから冷やかしの声。
いつものあたしなら、キレて怒鳴り散らしてる。
「アメリカ行ったら、あたしを落とせないわよ?」
「…え?」
「そばにいてよ。」
体を離して、もう一度京介の胸倉を掴んで言う。
「そばにいて、あたしを落としてよ。」
「……」
それまで俯いてた目が、長い前髪の隙間からあたしを捉えて…優しく細められた。
あー…
なんだ。
浅香京介。
…カッコいいじゃない。
「……あんたは…俺に落とせる女なのか?」
「そばにいてくれたら…考える。」
「…そばにいる。いさせてくれ。俺に…落とさせて欲しい。」
そう言った京介の体を引っ張って、唇を重ねる。
「おおおおおお…」
どれだけの人が見てるのかなんて、気にならなかった。
あたしに体を引かれた京介は驚いてたけど…ゆっくりあたしの背中に手を回して、それからぎゅっと抱きしめた。
「…落とされてあげるわ。」
唇が離れて、あたしがそう言うと。
「…俺のが先に真っ逆さまだ。」
京介は涙目になってて。
そんな京介の顔を見て、あたしは今までにない感情を味わった。
サイアクだった感情が…こんな気持ちに変わるなんて。
どうしたんだろう。
だけど…目を見て、赤くなった顔を見て…思った。
もっと、この人の事、知りたい。って。
それが、まずは…恋への第一歩…だよね。
だって、あたしからファーストキス捧げたぐらいだもん。
* * *
「あー、可愛かったなあ、華月ちゃん。」
今日は、珍しく京介と一緒に桐生院邸にお邪魔した。
知花の三人目の子供、華月ちゃんに会いに。
「…聖子、子供好きなのか…?」
隣を歩いてる京介が、ボソボソと問いかけて来る。
「んー、今までは好きじゃないって思ってたけど、知花んちの子、みんな可愛いのよね。あ、センのとこの詩生君も可愛いし。」
京介と付き合い始めて…半年。
最初はあまり生い立ちを話したがらない京介だったけど、あたしが拗ねたふりをするとポツリポツリと話してくれるようになった。
…まさかあたしが…男相手に拗ねたふりをするようになるなんて…。
お互い、全部…なんてあり得ないとは思うけど、そこそこの情報交換はした気がする。
それがカッコ良くてもカッコ悪くても、さほど気にならない所を見ると…あたし達、もしかしたら相性はいいのかなって思う。
…それでも、やっぱりあたしの一番は…知花。
知花の幸せそうな笑顔を見ると、嬉しい反面…切なさも募る。
そんな時、京介は何を察してくれるのか…何も聞かずにあたしを抱きしめてくれる。
今まではなかった温もり。
あたしは、それに甘えてる。
「送ってくれてありがと。また明日ね。」
門の前で京介に手を振る…つもりが。
「…いつか…」
「ん?」
「いつか…俺の…」
「え?」
「いや…何でもない…」
ギュッと手を握られて、引き寄せられた。
「何?聞こえなかった。」
耳元に唇を寄せて問いかける。
すると、京介はあたしの腰に回した手に力をこめて。
「…うちに、越して来いよ。」
珍しく、強気な声で言った。
「……」
「一緒に暮らそう。」
「…え…え…っ?」
「結婚…して欲しい。」
「……」
京介の首元に顔を埋めたまま、瞬きを繰り返す。
そんなあたしの頬を撫でながら、京介は繰り返した。
「結婚したい。聖子と…家族になりたい。」
…絶対、自分には無縁と思ってたから…
頭の中が真っ白になった。
でも、待って。
あたし、何も考えてなかった…なんて、言えない。
そんなの、この半年…京介はあたしの何だったのって話になる。
「…返事は…今じゃなくていいから。」
早口でそう言うと、京介は照れくさそうに前髪をかきあげて…
「…じゃ…」
走って帰って行った。
「……」
プロポーズ…されてしまった…。
…光史が言った通り、あたしが男を好きになるなんて…未知の世界。
あたしはこれから…
どうなるんだろう…?
どうするんだろう……?
この続きは、あたしが自分の気持ちをちゃんと確認出来てから…ね。
15th 完
いつか出逢ったあなた 15th ヒカリ @gogohikari
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