第457話 囮を再開する

 前につんのめりそうになりながらも、セラ・マーズはその場で足をとめた。


 まさに目の前、10メートルしか離れていない場所——。そんな至近距離に魔法少女が壁となって立ちはだかっていた。

 ぞっとするような一瞬——。

 だが、魔法少女たちは動かない。ステッキをふりあげたままの状態で止まっている。

 

 なんと……。

 レイくんの仮説どおりだったというのか?。


 ユウキはアスカの位置を確認した。高層ビルの屋上を飛び移りながら、順調にイオージャに近づいているのがわかった。

 囮を再開する——。

 

 ユウキは『TZR(トランジショナル・ゾーン・レイティング)』の数字を再確認した。

 100%——。

 ユウキにはここまで覆わなくても、この光線を回避できる自信はあった。それを操れてこそ、デミリアンのパイロットだ。

 だが、100%という数字は、『移行領域』が魔法少女の攻撃を、完全に無効にできると保証している数字。お守りの数字だ。

 ユウキはアクセルを一気に踏み込んだ。


 至近距離から魔法少女の群れにセラ・マーズが突っ込む。

 と同時に正面の魔法少女に手を伸ばし、横に掻くようにして、数十体を薙ぎ払う。魔法少女たちのからだが近くのビルに叩きつけられてて、ビチャビチャと音をたてて潰れる。


 魔法少女たちのステッキが振り下ろされた——。

 が、セラ・マーズはかまわず前に突進していく。顔やからだや腕に魔法少女がぶつかる。

 と、次の瞬間、魔法少女の壁を抜けでた。

 目の前が突然ひらける。

「前ぇぇぇ!!」

 司令室の誰かが叫んだのが聞こえた。


 そこにイオージャの顔があった——。

 レイをしてスマートといわしめた悪辣かつ残忍な顔が、ほんの数歩先にいた。


 ユウキは腰に装着されたセラ・マーズの武器『レイピア刺突剣(堅牢な作りのサーベル)』のヒルトに手をかけた。


「ユウキ、それを使えば『移行領域被覆』が100%を切る!!」

 ヤマトが叫んだ。けっして咎めようとも、止めようともしている口調ではない。

「目の前に敵がいるのだよ。タケルくん」

 ユウキはその警告の意味をわかったうえで、グリップを握りしめレイピアを引き抜いた。

 

 が、レイピアは引き抜けなかった——。

 いや引き抜けたようにみえたが、イオージャを刺し貫こうと前につきだしたレイピアには、ヒルトだけしかなかった。

 

 ハッとして腰のスカバードに目をむけた。

 鞘部分の金具や固定具がみるみるばらけはじめた。鞘が縦に真っ二つにはずれ、なかに残っていた刀身ブレードが落ちる。刀身はさらにヒルトとの接合部分刃元リカッツに分解され、ガチャンと耳を刺すような音とともに地面に転がった。


「すまねぇ。武器まではカバーできなかった!」

 アルが痛恨の思いを口走った。

 が、遅かった——。

 間髪をおかずにもう一本のサブの『レイピア』は腰の装着金具ごとドシャッと落ち、地面でばらばらに散らばった。



 目の前に、まさに手を伸ばせば触れる距離にイオージャがいた。

 点のような表情のない黒い目。その目は当然、正面のセラ・マーズを当然ロックオンしている。



 だが武器をうしなって、完全な丸腰になっている、ユウキにはなす術がなかった——。

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