第441話 2466年 アイとのはじめてのデート2

「アイ。あなたがどんなわがままを言っても、私はついていかねばなりません」

 中佐はアイの目をみて諭すように言った。

「あなたのファースト・デートも大切だけど、わたしには、ほんの少しだけ人類滅亡の危機のほうが大切ですからね」

 中佐はそう言って釘をさした。


「えーっ。あたしとタケルが将来、ツガえるかどうかが、かかってんのよ。それって人類存亡の危機ってことでしょ」

「あら、アイ。別に好きどおしでなくてもツガえるわよ」

 ぼくは中佐のその物言いにドキッとした。

 そんなからかい半分の冗談を普段言う人じゃないだけに、ぼくたちふたりのあいだに妙な空気をつくりだした。

「な、なに言ってんの。あたしは好きな人とじゃなきゃ嫌。ヤなの」

「そう……。任務に好きもへったくれもないのだけどね」

 中佐は肩をすくめた。

 どうやら先ほどのことばは、からかい半分でも、冗談でもなかったようだ。

 中佐はいつだって本気でしか言わない、というのを忘れていた。


 アイはまだ口をひんまげたままだったが、中佐はそんな様子にすこしは気をつかうつもりなのか、アイの耳元に顔を近づけると、片手で衝立ついたてをして、ささやきかけた。

「アイ、わたしからアドバイスを送るわ。もしこころを通わせたければ、手をつないだほうがいいわよ。腕を組むんじゃなくてね」


 囁いた——?。

 いやちがう。

 聞こえないようにアイの耳元を覆っていたが、その声は、ぼくにわざわざ聞かせるような、おおきなものだった。


 中佐は『囁く』と、ことばの最後でぼくにウインクを送ってきた。


 それがどういう意味かわからず、ぼくの頭の中では『困惑』という『困惑』がひしめき合いはじめた。だけど、それはすぐにどろどろになって『混乱』というスープを生み出した。

 そこまで渾沌こんとんとしてはじめて、ぼくは『男の方からエスコートしなさい』という意味が含まれていたのかと気づいたが、それより先にアイが無理やりぼくの手を握ってきた。

 しかもただの握手じゃなくて、指と指をからめるような手のむすび方。いわゆる恋人つなぎというやつだ。

 ぼくの指と指のあいだにアイの細長くしなやかな指がねじ込まれてきて、反射的に手をひっこめそうになる。が、アイの指先はそれを許さないように、ぼくの指の腹に圧をかけてきた。

 想像していたより暖かいアイの指——。


「これでいいの?!」


 アイは少し不機嫌そうに中佐に尋ねた。これは完全に照れ隠しだ。困ったことに、このぼくでもそれがまざまざとわかる。


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