第331話 舎利弗小人(とどろき・しょうと)登場
今、何をしている?
リンは頭のなかの疑問を命令形として頭に思い浮べた。
だが、
どういうこと?。
あのおんなは相当量のデミリアンの研究論文を、科学誌に発表しまくっていたはずだ——。いや、相当量というのは控えめすぎる。狂ったほどの量の論文をあげまくっていた。
それがひとつとしてない……。取り下げたのか?。
名前はなんの意味も持たない……。
この時代のあたりまえの常識を忘れていた。考えてみれば、ここに在籍していたときも、彼女のことは、ただ『ショート』と呼んでいたのだ。リンはショートのテレパス・ラインのIDか、ニューロン・ストリーマのアカウントが残っていないかを思い出してみた。
すると生体チップが反応した。すぐさま履歴に残っていたショートのテレパス・ラインに接続をこころみはじめた。
ショートはすぐにリンの呼び出しに応じた。
「珍しいですね。リンさん」
ショートの第一声はわざとらしいほど明るいものだった。彼女は化粧を落としているところだったようで、両脇にはべらせた化粧AIシステムがいそがしく彼女の顔をぬぐっていた。そのせいで彼女の顔は見えにくかったが、やけに派手目の化粧をしていたことが垣間みえた。
こちらがそれを不思議そうな顔をしてみているのがわかったのか、ショートが興味なさそうに言った。
「あぁ、これ。ライブ終わりだったから……。今、メイク落としてるとこ」
言い分けがましくもない淡々とした口調にリンはすこし驚いた。この子は研究のためならあまり見てくれにはこだわらないタイプの人種だったはずだ。エドの女版、と言って揶揄したこともあるほど、いつもデミリアンの研究に没頭していた。
デートのときを除いて——。
「なにやら盛況みたいね。安心したわ」
「また、心にもないことを……。つまらない前置きはいいですよ」
ショートはリンの挨拶を一刀両断した。こういった性格は変わっていないようだった。
「なぁに。音楽の道に進んだの?」
「えぇ。リンさんとは逆の人生を歩もうと思ってね」
あからさまな皮肉。こういうところも変わっていない——。
「へー。今、ここの副司令をやっているヤシナ・ミライって子も、前は音楽業界にいたって聞いたわ。そこそこ人気もあったって。わたしみたいな場末の歌手とちがってね」
「は、ご謙遜を。だいたいリンさんが歌手をやっていたのは、ブライトさんに近づくためだったでしょう。そして今、その地位にいる……」
「で、あなたをスカウトした」
「ん、まぁ。そうですけど……」
「ねぇ、ショート。あなた、戻ってこない?」
リンは単刀直入に申し出てみることにした。大事な用件ではあったが、徒労に終わる可能性が高いことに時間をかけている時間はない。
「リンさん。わたしがなぜそこを出ていったか知っていますよね!」
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