第332話 ブライトはもういないわ
「ブライトはもういないわ」
「いない?。どうしたんです?」
「自宅療養中……ってとこかしらね」
「療養中?。怪我でもしたんですか?」
リンは自分のこめかみを指でつつきながら答えた。
「ここをね」
ショートの目が怪訝そうに曇ったのがわかった。憎たらしい相手のはずなのに、その動向は気になるらしい。
「精神をやられて、もう指揮をとれないって……。今、李子がみてくれてるわ」
「あのブライトさんが?」
「えぇ。あのブライトがよ」
「じゃあ、今はだれが司令官をやってるんです?」
「カツライ・ミサト……」
「カツライ・ミサト……って、ブライトさんの元カノ……じゃないですか。リンさん、それで大丈夫なんですか?」
「大丈夫。現在、絶賛、媚へつらい中よ。この任からおろされないようにね」
「いや、そっちじゃなくて。ブライトさんとの仲……」
「あら、憎たらしい相手なはずなのにやさしいのね。でも心配しなくていいわよ。わたしもとっくに『元カノ』だしね。それにこのことはタケルくんにもばれちゃったし……」
「バレた?。だれが漏らしたんです?」
「だれも漏らせるわけないでしょう。プライバシーロックかけてたんだから。あなただって言いたくても言えなかったでしょうに。沖田十三よ。彼がつきとめたの。それでわたしたちタケルくんに詰められたのよ」
「なにを詰められることが?」
「カミナ・アヤトに出撃を強要したことを、ふたりで共謀して隠ぺいしたってね」
ショートの顔色が変わったのがわかった。
そうなってくれなければ困る——。
そうなるように会話を誘導していたのだから……。
「で、リンさんはなんて……、なんて言ったんですか?」
リンは申し訳なさそうな表情を浮かべて、心の底から懺悔するような声色で言った。
「白状したわ。ブライトに頼まれて嘘の証言をしたってね。軽蔑する?」
「許せないと言ったら嘘になります。だけどもし自分が逆の立場なら、おなじことをしただろうとは、今ならわかります」
「もしブライトが責任を負わされたら、わたしも一緒に解任される可能性があった。だから嘘をついてかばった。けっして元彼女だったからじゃない、それは信じて」
「信じてどうするんです?。それですべてが元通りになるわけじゃ……」
「今、メンテナンス中のデミリアンが三体いるの」
リンはショートの憤りを寸断するように、大事な用件を剥き出しのまま放り込んだ。
「三体?」
ショートはすぐさまその驚くべき事実のほうに喰いついた。
「すこし前に、プルートが亜獣に取り込まれてロストしたってニュースで知ったわ。それ以外に三体なんですか……」
「えぇ。そのときの戦闘でヴィーナスが。そして昨日の武漢での戦闘でサターンとジュピターが怪我を負ったの。全部で五体あるから、もうわたしひとりじゃ手に負えない」
「でも精鋭ぞろいでしょう。そこのスタッフは」
リンはショートの目をみつめて、すこし詰問するような口調で言った。
「あの子たちを任せられるスタッフがいると思う?」
網膜デバイスに映っているショートは一瞬だけ考えるそぶりをした。結論はリンとおなじはずだと確信していたが、彼女なりの遠慮があるのだろう。
「えぇ、まぁ……」
「だから助けて欲しいのよ」
「でも、わたしは今、音楽の仕事が順調に乗ってきたところなんです」
「あら、あなたがやりたかったのは、そんなスターになるような仕事?」
「せっかく『リ・プログラム』を受けて、スター歌手の『資質』を受け継ぐことができた……」
「マーズも現場復帰しているのよ」
ふたたびリンはショートの心をゆさぶるワードをなげかけた。ショートがことばを飲み込んだのがわかった。
「あなたの恋人だったカミナ・アヤトの搭乗機、セラ・マーズがね」
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