第330話 彼らはデミリアンを愛してはいない
春日リンはペーパー端末に目を通すなり、おおきく嘆息した。
端末には二体のデミリアン、セラ・サターンとセラ・ジュピターの損傷状況の報告が送られてきていて、とくに深刻な状態ではないという検査結果があがってきた。
その報告を受けるまで春日リンはいらいらしぱなしで、不安ばかりが募っていた。だが、不安がおさまると今度は不満がふつふつとたまってくるのを感じた。
アスカのセラ・ヴィーナスの修復をなんとかしなければならないのに、今回のイオージャ戦でセラ・ジュピターとセラ・サターンがメンテナンス入りすることになったのだ。
これはいくらなんでもひとりの責任者の手に余る——。
いや、さらにそれより厄介な案件——。ヤマトタケル自身のとんでもなく重大な危機をどうしたらいいかまで抱えこんでは身動きがとれない。
自分をサポートしてくれる人間がほしいと真剣に思った。
だが今のスタッフの中にはそれをまかせられそうな者はいない。だれもがそつなく仕事はこなすし、なかにはリンの気分を読みとってこまやかな気遣いができる者もいる。
自分は優秀なスタッフを揃えたつもりだし、そういう人材に恵まれたとも思っている。
だが彼らはデミリアンを愛してはいない——。
人間に興味がないリンでもそれはなんとなくとすることができた。
彼らはみなデミリアンに興味があるし、それに関われることに誇りを持っている。そういう連中だというのは間違いない。保証しよう。だが、もしひとの命とデミリアンの命を秤にかける瞬間が唐突に訪れたとき、だれもが一瞬逡巡するだろう。
もちろん即決でデミリアンを選ぶものもいる。だが、それが百万人の命と一体のデミリアンならどうだろう。おそらく決めきれないはずだ。
それが春日リンには不満だった。
自分ならどんなシーンであっても即決する。それが一億人の命だろうと、そのなかにたとえ自分の命が含まれていたとしても、答えは変わらない。
それくらい狂気じみた情熱や愛情を持った者でなければ、自分の愛する子たちを委ねられようはずもない——。
舎利弗 小人(とどろき・しょうと)——。
リンはふと以前、このラボにいた後輩の名前を思い出した。
仏教の賢人由来の苗字に、卑屈なほど謙遜した名前を名乗る『おんな』で、研究室ではよく自分に意見していた。対立ばかりしていた印象しかなかったが、その見解には汲み取るべき内容が含まれていることもおおかった。
リンの人生のなかでもあれほどまでデミリアンに執着し、研究を重ねている人間はいなかった。
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