第307話 アル、大丈夫だ。レイを信頼して

 ふと、レイのセラ・サターンの画面に目をもどすと、イオージャが追いかけてきたのがわかった。まわりに魔法少女をはべらせたまま、セラ・サターンと対峙する。ビルに背中をつけてなんとか立っているサターンは、どう見ても突き当たりに追いつめられたようにしかみえない。

「レイ。まずいぞ。逃げろ!」

 アルの口から、つい大声がついてでた。ろくな武器も持たせられなかったという良心の呵責か、自信をもって整備した超絶縁体がもろくも打ち破られたことへの責任感か——。

「アル、大丈夫だ。レイを信頼して」

 ヤマトが腕組みした姿勢を崩すことなく、アルを叱責した。

 

 そのとき、魔法少女たちがなにやら奇声を、超音波のような声をあげるのが聞こえた。

「いけぇ」とも「つぶせぇ」とも聞こえるような奇妙な音。

 そのとたん、イオージャが一直線にセラ・サターンにむかって突進してきた。姿形に似合わない重量級の体躯が揺れ、路面をおおきくゆさぶる。あの身体でぶつかられたら、ビルとの間に挟まれて、セラ・サターンは甚大な損傷をこうむるであろうことは容易に想像できた。


「レイ!」

 おもわずアルが口走る。

 ビルに貼り付いていたセラ・サターンが手を離した。力が抜けた脚が上半身を支えきれずに、その場にドンと尻餅をついた。と同時に、手前に落ちている薙刀なぎなたを拾い上げる。そして薙刀なぎなたつかの終端、柄頭つかがしらをビルの壁にぐっとあてがった。両手で薙刀なぎなたを構える。

 イオージャが座り込んだセラ・サターンに飛びかかろうとした瞬間、レイは薙刀なぎなたの先端を45度の高さにもちあげた。

 その刃先にはすでにセラ・サターンの頭から送り込まれた青いパルスが充填され、白く光っていた。

 『移行領域トランジショナル・ゾーン』を切り裂く光——。


 勢いこんできたイオージャは、目の前にふいに跳ね上がってきた飛び刃をかわせなかった。その衝撃に備えて、セラ・サターンが薙刀なぎなたつかをもつ腕に今一度力をこめる。

 イオージャを真正面から捉えていたカメラがおおおきく揺れる——。

 と、そのまま大画面モニタの映像がとぎれた。すぐさまAIが別のカメラに切り替えてちがう角度からの映像をモニタへと映し出す。

 それはセラ・サターンのメインカメラだった。


 レイが突き上げた薙刀なぎなたの刃は、イオージャの頬を貫いていた。イオージャの右頬の表面に生えた起毛部分が赤く染まりはじめる。

「ちっ、すこしずれたか」

 ヤマトが噛みしめた歯のあいだから、口惜しさを絞り出した。

 イオージャがうなり声をあげ、うしろにたたらを踏んだ。その頬から薙刀なぎなたの刃が抜ける。さらに赤い部分が広がっていく。

 周りを飛んでいる魔法少女たちは予想外の展開にうろたえたのか、「ちゅーー」という奇声をあげて、右往左往するように飛び回りはじめた。 

 レイは手をゆるめなかった。

 薙刀なぎなたを引き戻すと、もう一度突き出した。今度はイオージャの左頬を貫く。ただ片手だけで突いたのでは力が弱かったのか、薙刀なぎなたの刃はすぐに抜けた。それでもすこし血が滲むていどには、ダメージを与えられたようだった。

「いいぞ、レイ。いいアイデアじゃねぇか」

 アルはレイの好判断に思わず、快哉を叫んだ。だが、そのアルの興奮と安堵の気持ちにレイは、キンキンに冷えた冷や水を浴びせかけてきた。



「アル、これで万策尽きたわ。次のときには別の武器を用意しておいて」

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