第306話 この場所からはオレたちはなんにもできねぇんだ

 アルはその情景をみて、ぎくりとした。


 おい、嘘だろ。この陣形、また電撃攻撃をくらわすつもりか——。

「おい、整備班。セラ・サターンのコックピットの超絶縁体に、損傷はねぇだろうな。確認しろ」

 アルは装備のモニタリングをしている班に、大声をあげた。

 すぐに網膜モニタに責任者の映像が映し出され、目でデータを追いながら報告してきた。

『大丈夫です。デミリアン本体のほうの損傷は多分にありますが、コックピットは無傷です』

「セラ・サターン本体はダメになっても、レイは大丈夫ってことだな」

『はい。通常なら。ですが、さきほどのセラ・ジュピターのように直撃を受けては、どうなるか……』

「アル、どういうことよ。デミリアン本体はどうなってもいいってこと?」

 やりとりを聞いていたのだろう、春日リンが激しい剣幕でアルの脳を揺らした。

「リンさん。勘弁してくんねぇか。今、この場所からはオレたちはなんにもできねぇんだ。せめてパイロットだけでもって考えるのが筋ってぇモンだろ」

「だからといって、あの子がやられていいわけないでしょ。それでなくてもジュピターが無事かどうかもわからないのよ」


 そのとき、レイのセラ・サターンがビルに手をかけながら、ゆっくりと移動をはじめた。反対側のほうの手にもった薙刀なぎなたを杖のようについて、バランスをとりながらイオージャから逃げていく。レイは大通りの十字路までからだを運ぶと、そのまま左方向へ曲がった。これですくなくともイオージャの死角になる。 

「レイ、正解だ。今は逃げろ。その状態とその武器じゃあ、まともには戦えねぇ」

 ほっとした思いも加勢して、思わずアルがレイに声をかける。


「アル、逃げてない。わたし誘ってる」

 レイから間置くをあたわずという速さで、思い掛けないことばが返ってきた。

「どういうこったい、レイ」

 アルは聞き返したが、レイはそれにはこたえずにそのままセラ・サターンを大通りの突き当たりにまで歩をすすめた。レイは突き当たりにある百貨店らしき横長のビルまで来ると、そのままそのビルに背中をあずけた。倒れないようにすぐさま後ろ手で、両指をビルの窓に突っ込んでからだをささえる。

 ゴトンと音がして、それまで杖にしていた薙刀なぎなたがセラ・サターンの前に転がる。

 武器ももたず、ただビルを背中にして後ろ手にしがみついているセラ・サターンを見てミサトが叫んだ。

「レイ。なにをしているの!。そのままじゃ無理よ。逃げて」

 アルはモニタ越しでも蒼ざめて見えるミサトの顔をみて、自分もおなじ思いをぶつけようかどうか迷った。ほかの面々の顔を順繰りに見ていく。

 ヤマトは先ほどからほとんどことばも発せず、ただただ両腕を組んでモニタを見ていた。その顔に焦りや不安はかいま見えない。だが、ヤマトはどんな状況でも感情を表に出さない人間だ。その心中を外から推しはかることは無理だ。

 アスカはどうか。アスカはさきほどクララがピンチのときにかなり焦っていたが、今もその余波が残っているのか、顔がすこしこわばって見えた。


 ミライも相当に焦っている表情を見せているが、エドは相変わらず自分の管轄の『亜獣』のデータを分析しているようで、そもそもレイのピンチに関心をむけていないし、ウルスラ総司令は目をつぶったまま泰然自若といった態度でなりゆきにまかせている。

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