第275話 あなた何か知ってるのね!教えなさいよ

「で、相談ごとってなに?」

 周りが『スペクトル遮膜』で覆われて、音声や脳波の一部が遮断されるやいなや、春日リンがアスカのほうへ、身を乗り出した。


 人間ごとなのに、メイの興味の惹かれようといったら……。

 

 アスカは会議が終了すると、クララと連れ立ってリンの元へ行き、「相談ごとがあるの?」と訴えた。リンは明確に職務であることでない限り、相談ごとや雑談などに応じるタイプではないのはわかっていた。たとえ、それがジュニア・ハイスクール時代の教え子であったとしても、なにかと理由をつけて、応じようとしなかった。元々、ただの『人間』には興味がない『女子』なのだから仕方がない。

 だから、アスカはクララを利用した。

 この組み合わせで、興味を惹かれない『女子』はいないはずだ。『女』としての重要な任務を与えられたライバル同士が、二律背反の関係の二人が、雁首がんくびを揃えているのだ。

 どんな『女子』だって、ゾクゾクと興味が湧くに決まっている。

 この『人間たち』にはなにがあった——?、と。


 おかげで易々と『リアル・ヴァーチャリティ・ルーム』に呼び出すのに成功した。アスカはクララと横並びにシートを並べると、クララの左腕に手を回して、わざとらしいほど仲の良さを演出してみせた。対座する正面のリンが前のめりになって、アスカの話を聞きたがるように……。


 アスカはまず『グレーブヤード・サーバー』での一件をリンに話した。 

 ユウキが襲撃を受け、やむなく重要なデータを(それが兄、リョウマのパイロット・データであるとは言及は避けた)レガシーサーバーに転送したこと。

 そのデータを、旧型のVRシステムを使って潜入して取り戻そうとしたこと。

 そのVR世界で異形の電幽霊サイバー・ゴーストやそれらが合体して変異したモンスターたちと戦ったこと。

 そのデータが保管されていた塔が、実は生き物で、侵入したヤマトとクララがピンチに晒されたこと。

 最終的にはウルスラとミサトたちが弩級戦艦で現れたので、データの奪取をそちらにまかせて、断念して帰還したこと——。


 それらをかいつまんで話した。もちろん、国連軍のための行動で、新しく仲間に加わったユウキのリカバリをしようとした、という建前を崩すことはなかった。

 アスカはさいごに念をおすようにつけ加えた。

「まったく、ユウキやクララたちに力を見せつけようとか、軍に恩を売っとこうなんて、よこしまなこと考えるもんじゃないってことね。たいへんな目にあったわ」

「みなさんには本当にご迷惑をおかけしましたわ」

 クララがアスカに頭をさげたところで、事の顛末てんまつをまとめあげた。


 アスカが話の感想を促すように、口をつぐんだままリンを見つめた。


「で、あなたたちが聞かせたかったのは、そんな大冒険の自慢話?」

 そう言われてアスカは少しむっとした。けっこう見せ場や、聞かせ所もあったはずなのに、相槌らしい相槌もなければ、感心したり、おもしろがったりする素振りも見せようともせず、この感想——。

 かつての教え子の成長ぶりに、もうすこし関心を寄せてくれてもよいはずだ。


「メイ、ちがうわよ。本題はこっから」

 アスカはしぶしぶ本題に移ることにした。アスカはクララの方に目配せしながら、話しを続けた。

「さっきの話にもあったように、クララとヤマトは塔に擬態したモンスターの胃液の中に落っこちたんだけど、しばらくのあいだ、クララだけ浸ったままになっていたの」

「おかげで腰から下の服が溶けてしまったんですの。それで……、下半身はなにも身につけてない状態になってしまって……」

 クララがすこし恥じらいながらアスカのことばのあとを続けた。

「でも恥ずかしがる私を、タケルさんは助けようと無理に引き揚げようとして……」

「タケルもふつうの男の子だから、ちょっと見たかったんじゃないの?」

 リンがからかい気味で口をはさんだ。


「でも、そのあと、突然、嘔吐えずいたの。メイ、おかしいでしょ!。吐きそうになるほど気分がわるくなったのよ」

「たまたま体調をくずしたんじゃないの?」

「えぇ。タケルもそう言い訳した。寝不足がたたったって……。でも、絶対ちがう!。あたし、ずっと見てた。あまりにも突然すぎたの!」

 アスカがいきり立って私見をまくし立てたが、そんな空気はお構いなしに、クララはおずおずと、自分の疑問をリンにぶつけた。

「リンさん、もしかして、タケルさんは女性に興味がないんじゃあ……」

「クララ、あんたボカぁ!。そンなわけないでしょ!」

 アスカは自分でもおどろくほど、それを心底否定していた。そんな可能性を考えたことすらないのに、ふいをつかれて、一瞬それがよぎった自分が腹立たしかった。

「それはないわ」

 リンがふたりの不安を払拭しようとするように、落ち着いた口調で見解を述べた。

「子供のころから、ちゃんとジェンダーのチェックを受けていたし、AIの判定も『ヘテロ』とでてた。わたしも5年ほどのつきあいがあるけど、あれほどわかりやすい『男の子』はそういないと思っているわ」

「でしょう!、クララ。あんた、へんなこと言わないでよね」

「すみません。でも、あのあともずっとタケルさん、おかしかったので。なにか思い詰めた様子で、体調がわるいというより、もっと根本的ななにかが……」

「なにかって、なにヨぉ」

「レイさんも心配してましたわよ。もし心の不調なら、アイダ李子先生の診察を受けてくれって言ったました」

「レイが?。あの子がそんなことを……」

 レイも自分たちとおなじ見解と聞いて、リンの姿勢があらたまった。レイへの信頼度が高いのは理解できるが、それにしてもあからさますぎる。アスカは苛立った。


「もしかして、あんたたち、なにか余計なこと言ったんじゃないの?」

 ふいうち気味にリンがふたりに鎌をかけてきた。姑息な真似にさらに苛立った。

「ちょっとぉ、あんな場面で何言うってのよ。それにどんなこと言われても、心を乱したりしないでしょうが、タケルは——。ヤマト・タケルっていう男は」

「たしかに……。アスカの言う通りだわね……」

 すなおにアスカの意見に同調したようだった。場の空気がすこしなごんだのを感じて、クララが、冗談交じりの口調で言った。

「わたしもあのとき、たいしたこと言ってませんわ。引き揚げられる時、酸で下着も溶けちゃってたんで、『下の方は見ないでください。恥ずかしいから……』って言ったくらいで……」

 その瞬間、リンの瞳孔が大きく開いたのをアスカは見のがさなかった。

 クララのなにげないことばに、過剰すぎると言ってもいいほどの反応——。

 どういうこと???????。


「メイ!、あなた何か知ってるのね!」

 アスカは椅子から立ちあがると、身を前のめりにして掴みかからんばかりの姿勢で、文字通り詰め寄った。

 だが、そのわずかな瞬間に、リンは表情を素の状態に戻した。

 まるで今の感情の揺れがなかったかのように装おうとしている。

 そうはさせない。

 アスカはリンの両肩を掴むと、背もたれに押しつけた。

「教えて!。いや、教えなさいよ。メイ。あたしは、いえ、あたしとクララは知る権利がある。あたしたちはタケルとツガう任務を与えられてンの」

 アスカのあまりの血相に、クララも状況を把握して、相乗りしてきた。

「そうです。私たちは知っておきたいんです。教えてください!!」


 アスカはリンの肩をゆさぶった。それほどの力をこめたわけではなかったが、リンの首は力なく前後にぶらぶらと揺れた。うなだれて、まるで顔を背けているように見える。

「教えて!、メイ」

「言えない……わ」

 リンが首をうなだれたまま、絞り出すように言った。

「言えないって、どういうこと?」

「トップシークレットなのよ」

「軍がなにを隠してンのよ。あたしたちの任務はどうしてくれンの」

「ちがうわ、アスカ」

 リンの毅然きぜんとした口調に気圧されて、思わず肩をつかむ手が緩んだ。

「な、なにがちがうの?」

 リンは肩をひねって、アスカの手を払いのけた。そして、そのまま、すっと立ちあがると、アスカとクララを交互に見てから言った。


「これはヤマト・タケル個人のトップシークレット。あなたたちに話すことができないの」

「メイ、どういうこと」

 リンがこめかみをひとさし指でこんこんと叩きながら言った。

「この記憶、脳内の生体チップにロックをかけられてるの。タケルくん個人の承認がないかぎり、話したり、書いたりして、他人に伝えることができないようになってるの」

「では……、わたしたちはどうすればいいんですの」

 クララが呆然として尋ねるのを、アスカは横目で見た。

「まぁ、本人に直接尋ねるしかないわね。たぶん、答えてはくれないでしょうけど」

「そんな——」

「それより、これは大きな問題よ。乱れてはならないはずの、タケルくんの精神が乱れたんですもの。すぐに李子に相談しなくちゃならない」

「メイ、アイダ先生にって、本気?」

「えぇ。それくらいまずい状況……。もしかしたら次の戦いに、タケルくんを出撃させるのは難しいかもしれない」

「は、それだったら心配しなくていいわ。あたしたちが残りの四体で戦ってみせる」

 アスカは自信をもってリンに宣言した。


「なに言ってるの、アスカ。あなたの『セラ・ヴィーナス』はまだ出撃できるわけないでしょ。右手が前と後あべこべについたままなのよ」

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