第276話 人間サイズ亜獣戦用の武器お披露目

 二週間後、人間サイズ亜獣戦用の武器の、新しい試作品が完成したとのことで、そのお披露目にヤマトたちも呼びだされていた。

 館内には集められた兵士は二百人ほどで、ヤマトたちは兵士たちが並ぶ広場の一段上の壇上の脇のほうに用意された椅子に座っていた。兵士たちからは横顔が見えるか見えない位置に配慮されていた。正面にはアル、エド、リンたち責任者が座る椅子が用意され、その前には日本刀と西洋の剣の二種類の剣が、立てられて陳列されていた。


「なんで、あたしたちまで参加しなくちゃなンないわけ?」

 アスカは不満たらたらだったので、クララやユウキがそれをなだめすかしていた。

「アスカさん、曲がりなりにも、わたしたちを守るための武器なんですよ。わたしたちもみずから確認しないで、どうするっていうんです」

「は、クララ、あんた、ボカぁ。あたしたちは守られる側よ。守る武器なんてどーでもいいの。警護隊には根棒だろうと、素手だろうと、守ってもらわなきゃなんないだから」

「アスカくん、きみのように亜獣と戦ったことのある人間が、その武器の性能を見ておいてくれれば、さらに性能を高められるかもしれない」

 その間、レイは何も発しなかったが、目の前に陳列されている剣を食い入るように見ていた。こちらは尋ねるまでもなく、あたらしいアイテムにすでに心を奪われているようだった

 兵士たちも直立不動のまま待機してこそいたが、正面の刀剣には興味の目をむけているようだった。寡黙を装っているように見えて、ニューロン・ストリーマーやテレパス・ラインを使って、口をひらかずに意見交換していることが表情から見て取れる。

 だが草薙素子が登壇すると、空気感が変わった。脳内でのおしゃべりがとまったのだろう。みな中央に集中する。

「先日の通達にもあったように人間と同じサイズ、等身大の亜獣が出現する可能性が浮上している。亜獣と同じ特性を持つということは、こちらの世界の兵器は何ひとつ効力を発揮できないということだ。そこで、それに対抗できる武器を導入することになった」

 そこまで言って草薙は背後の椅子に座っていた、アルを促した。

「武器製造担当のアルから説明しもらう」

 アルは多くの兵士の注目をあびて、少々、居ごこち悪そうなそぶりで前に進みでた。


「まずはみんなに謝っとく」

 そう言うとアルは壇上中央に陳列している『日本刀』と『サーベル』を指し示した、

「まず武器の数が圧倒的に足りねぇ。さらに、こいつは誰もが使いこなせる武器じゃねぇ。なにせ25世紀ってーのに、刀とか剣だかンな。だから、使いこなせるヤツか、練習して使いこなせるようになったヤツだけに支給する形になる」

 アルは置いてある剣のなかから、日本刀を持ちあげると、さやに入ったままの状態で、前に突き出して掲げて見せた。

「つまり、この武器を貸与されたヤツは、もれなくほかの武器を持たねぇ仲間を助けるっていう義務がついてくるってわけだ」

 その軽いことばに含まれた重々しい責任に、兵士たちがどよめいた。

 まったくアルらしい——。

 そうヤマトは思った。

 だれだって、通常の兵器が無力になる相手に丸腰で戦いたくない。おそらくどんな卑劣な手を使っても手に入れようとする輩はすくなからず出てくるはずだ。だが、今のひとことで、その行為にも一定のブレーキがかかる。 

 アルがうしろに退いていた草薙に目配せをした。

「使い方は草薙大佐に訊いてくれ」


 あらためて紹介を受けた形で、草薙は前に進み出ると、アルが差し出した刀剣を受け取った。草薙は刀身を引き抜くと、さやをアルに預けた。


「これは日本刀をベースに作られたものだ」

 そう言うなり、つかを両手で握りしめ、その場で刀を振ってみせた。切っ先のスピード、体重の移動、振り抜いたあとの手首の返し。鮮やかとしか形容のしようもない動きだった。それはもう演舞とでもいうべき流麗な動きで、どの瞬間でも目を奪われるほど美しかった。

「美しいですわ」

 その演舞に見入られた、クララが思わず感嘆のことばを漏らした。

「あたりまえでしょ。彼女、師範代の腕前よ。えーと、なんとか流の。タケルの先生でもあるわ」

「そうなんですか!。あの人は警護のひとだから、てっきり銃の腕が良いのかと……」

「銃の腕前は機械並に正確、でも剣の腕は無慈悲なほどに迷いがない」

 その疑問にはレイが答えた。

 

 壇上の草薙は、ひと通りの型を舞い終えると、ヒュンとひとふりしてから言った。

「この刀は、AI刀工が歴代の名人の技術を踏襲して鍛えあげたもので、切れ味はおそろしくいいがふつうの日本刀だ。だが実はつかに仕掛けがあり、それを起動することで『移行領域(トランジショナル・ゾーン)』にいる物体を斬ることができる」

 草薙が持っている刀を頭上近くまで掲げ、つかの部分がよく見えるようにした

「ただ、問題は、この刀の攻撃回数には回数制限があるということだ」

 そう言いながら、反対の手を腰のうしろにまわして、10cmほどの長さのスティックを取り出して、刀とおなじように上に掲げた。スティックは細い角状のクリスタルのようなもので、なかに青い液体がはいっていた。青い液体は蛍光体なのか薄ぼんやり光を帯びてみえる。

「こいつがこの刀の『マガジン(弾倉)』だ。この青い液体はデミリアンの体液を利用した、言わば『移行領域(トランジショナル・ゾーン)透過剤』というべきものだ。ただしこれ一本で斬れる回数は、六回。六太刀、振るったら、このマガジンを取り換えなければならない」

 兵士の前列の方で手が挙った。

「マガジンの取り換えは、どうするんでしょうか?」

 草薙はかるく頷くと、右手にもった刀を鋭い角度で前に振り抜いて、敵を斬ったようにふるまった。と、同時に返す刀を、力いっぱい背後に引いた。それはまるで背後に敵が潜んでいて、それを刀のつか終端、柄頭つかがしらで打ち据える仕草にみえた。と、その俊敏なアクションで柄頭つかがしらの先端が開いて、そのままつかの内部に装填されていた『マガジン』がうしろに飛びだした。

 草薙は後方にすっ飛んでいった『マガジン』には目もくれない。今度は刀身を前に突き出しながら、かん置くをあたわず、新しい『マガジン』を空いたマガジン室に素早く送り込んで装填そうてんした。

 そしてそのまま、ふたたびヒュンと風切り音をさせて、一太刀振るってから言った。

「こうやって取り換える」


「まるでオートマチック拳銃ならぬ、オートマチック・ソードっていう感じだな」

 草薙の流れるような動きを見て、ユウキが感嘆の声を漏らした。

「は、あたしたちはあれのバカデッカイの扱ってんのよ。今さら感心することないでしょ」

 アスカがおもしろくなさそうに異議を唱えた。

「それはそうだが、我々もすこしは馴れておいたほうがいいのではないかな」

「なんでよ。あたしたちが使う機会なんかなくてないわよ。というより、あっちゃ駄目でしょ、基本的にぃ」


 ヤマトはアスカの言い分ももっともだと思った。もっとも本人はそんな面倒なことはやりたくないということなのだろうが、もし自分たちがこの武器を手にして戦う羽目に陥ったとしたら、その時点で詰みだ。

 場合によっては、地球の運命そのものが——。

「わたしは扱ってみたいですわ」

 アスカの言い分に対抗するように、クララが前向きな見解を口にした。それに対して何か嫌味でも言うかと思ったが、アスカは勝手にすればいいと言わんばかりにそっぽをむいた。だが、そんなアスカの顔を覗き込むようにしてレイが訴えた。

「アスカ、わたしは練習するわ。あなたのお兄さんに襲われた時のようなことが、またもしあったとしたら、タケルを守れないから」

 アスカが、顔を伏せたままレイを睨みつけるのが見えた。

「レイ。あんた、嫌なこと言ってくれるのね」

 アスカは顔をあげると、ヤマトの方に笑顔をむけて言った。

「じゃあ、あたしもやるわ。でも、あたしが一番よ。あたしが一番タケルの近くにいて、あなたを守ったげる。だから感謝しなさい、タケル」


 ヤマトはアスカの申し出を歓迎していいのか、すこし抑制させたほうがいいのか、判断がつきかねて、苦笑いをとりあえず返すのが精いっぱいだった。

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