第274話 兄さんの化物のときの再現になりかねないわよ!
突然の緊急会議の招集にヤマトは少々面喰らった。
プルートゥとアトンを葬ってから、まだ2週間ほどしか経っていないのだ。亜獣が現れるにはあまりにもスパンが短すぎるし、それ以外の不測の事態となれば、アスカの『セラ・ヴィーナス』に悪い兆候でもあったとしか思えない。
だが、集合場所が会議室ではなく、『シミュレーション・エリア』を指定されたことで、困惑が深まった。それはヤマトだけではなくほかのパイロットも同様で、ウルスラ総司令たちが到着するまでの間、みんなでそれについていろいろ意見交換をすることになった。
ヤマトは亜獣が出現したわけはないと確信していたが、逆にレイは亜獣の出現を確信していたし、クララはどのデミリアンかに問題が生じたのではと推理していた。それは暗にアスカの『セラ・ヴィーナス』を指し示していたが、アスカはとくに文句をたれることもなく、ウルスラかミサトのどちらかが辞意を表明するのだ、という意見を主張してきた。驚いたことにこの見解はユウキとも近く、彼は二人とも辞める、という選択肢を示唆した。
だからエドからの亜獣出現の兆候があったという報告には心底驚いた。
「ありえない!」
驚きが激しい口調になって漏れでた。
「でも、今、再生映像を見たでしょう」
春日リンがヤマトをたしなめた。
ヤマトはあたりに再現されているイタリアのひなびた街角をもう一度見回した。実物大の空間に実際の街並みのなかで再現された再生映像は、たしかに不可解な内容だったのは確かだ。最後にマンゲツの名前が出てきたときに、すこしゾクリとしたのも認めよう。
だが、だからと言って、そんな狭い空間に『亜獣』がいたと言われても、にわかに信じられるはずがない。
「だがタケルくん。シグナルは亜獣の存在を示唆しているんだ」
エドがメガネを指でずりあげながら言った。
ウルスラ総司令とミサトは不審げな目でそれを見ていた。簡単にはエドの意見は鵜呑みにしないぞ、という態度で臨んでいるのかもしれない。前回のアトンの出現場所を見過った失態が、ここでも尾を引いている。
「で、どうすんのよ。もしそんな人間サイズの亜獣が本当だったら。デミリアンの巨体じゃあ、逆に戦いにくわよ。もし基地の中にはいってきたとしたら、どーやって防ぐっていうわけ?」
アスカが口火を切って沈み込んだ室内の雰囲気をかき回した。だがそれと同時に、みんながもっとも口に出しづらい可能性にも言及してくれた。
「兄さんの化物のときの再現になりかねないわよ!」
「それについちゃあ、人間サイズの武器で対抗するしか方法がないかと……」
アルが自信なげに呟いたのを、ミサトが聞きのがさなかった。
「アルぅ、それ、つくれるのぉ。できもしないこと、言ってない?」
イヤな詰め方をする女だ——。ヤマトはそう感じた。
口ぶりは柔らかくて、相手を思いやっているように感じられるが、真意はちがう。
「『吐いた唾でも呑み込め」ということだ。
「あぁ、ミサトさん、すンませんね。人間が使える武器てぇのは、二十年近く前に試作されてんです。ただ今日まで、それを使うような場面がなかったンで、お蔵入りしててね。『Gウィープ素子』にデミリアンの体液を混合させることで、『移行領域(トランジショナル・ゾーン)』のむこうの敵に攻撃を加えられるのは実証済みなんです」
とたんににミサトの態度が軟化した。
「あらぁ、さすがじゃないの。じゃあそれ量産してちょうだい」
「あ、いや、すんません。問題がいくつかありまして……」
屈託のない反応をしているミサトに、自分が次第に詰められていることを察して、アルが予防戦を張りはじめていることがわかった。
あたりまえだ——。
アルはお人よしだが、バカではない——。
幾人もの指揮官の元で無理難題に、ふりまわされてきた経験を積んでるのだ。安請けしないにきまっている。
「なによお、問題って?」
「申し訳ねぇんだが、問題は二点あるんですよ。実験では成功してはいるんですが、あくまでショートレンジの武器しか作れないんです。たとえば、剣や刀のような……」
「じゃあ、銃のみたいな武器は無理ってこと……。で、もう一つは?」
アルが春日リンの方をちらりと見た。
「そう、もうひとつは、デミリアンの体液が不足してることです」
春日リンはアルに恨みがましい視線を向けてから口を開いた。
「デミリアンの体液を採取するのは難しいことではありません。ですが、武器に使う量となると話がちがってきます。どれくらいの数量作れるのかわかりませんがこの日本支部の兵士だけでも、一人一本持たせたら千本じゃきかない……」
「ちょっと待って、アル。千本も使ったらあの子たちが干上がってしまうわよ」
リンがアルに食ってかかるような仕草をした。
「まぁ——、そう言った事情で、物理的に百本くらいが限界なんでさぁ」
「うそでしょぅ。そんな数で、もしもの時、基地を守れるわけないでしょ」
ミサトが不満をストレートに伝えてきた。
アルは頭を掻きながら、思案するような仕草をしはじめた。そこに助け船を出すかのように、エドがすこし声を張って進言してきた。
「プルートゥの体液を使ってはどうでしょう」
「アトンのものは爆発して飛び散ってしまいましたが、プルートゥの体液は相当量回収されています。『移行領域(トランジショナル・ゾーン)』同様の体液を持ってます。どうでしょう」
よく仕込まれた茶番だ——。
ヤマトはすぐさま看破した。
おそらくプルートゥの体液を使うと進言するところまでが、アル、リン、エドで打ち合わせて練り込まれた算段にちがいない。前回のエドの汚名を挽回するために、エドに協力しているのだろう。
なんとなくそれを察したのだろうか?。ミサトがふてくされたような面持ちで訊いてきた。
「それ、安全なのぉ?」
「えぇ。いえ、もちろん100%安全とは言いきれません。ですが武器が不足して、兵士を危険に晒すよりは格段に良いのではないかと……」
「それは我々が決定することだ!」
それまでミサトにまかせて、傍観を決め込んでいると思われていたウルスラがふいに口を開いた。エドの肩がビクッと震え、それまでなめらかに滑らせていたことばが止まった。
「きみらの意見は求めてはいない。きみらは可能性を比較検討して提案するだけでいい」
「あ、はい……」
エドの返事が消え入るような弱々しいものに変わった。ヤマトは室内の空気が、重たくなったのがわかった。が、こういう時にきまって
ほかの連中に期待するのも難しい。誰もが二人の責任者の二重の圧力に委縮している。ヤマトはこころのなかでため息をつくと、アルにむかって軽い調子で訊いてみた。
「アル、もしプルートゥの体液を使えたとしたら、どれくらいの数、作れるかい?」
「タケル、すまねーな。頑張っても千本ってとこだ。どっちかってーと、『Gウィープ素子』のほうが間に合わねぇ。火星基地からの補充はまだ数ヶ月先だからな」
「アル、その大昔に作られた試作品をチェックさせてもらえるかしら」
部屋の隅からふいに発言してきたのは、草薙大佐だった。ふだんはヤマトの護衛として、ただそこに存在することが仕事なだけで、ことばを発することはおろか、咳払いすらしないので、みんな驚いた顔を草薙のほうへむけた。
「たぶん、その武器を最初に実戦で使用するのは私たち、警護隊になるはずです。実戦で使えないものを持たされて、実験台にされるのは勘弁願いたいですからね」
草薙は有無を言わさない口調で言った。
「ウルスラ総司令、よろしいでしょうか?」
ウルスラは草薙の要請に軽く頷いた。
「うむ、許可しよう」
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