第242話 ユウキ、そいつらをあなどってはダメ!

「ユウキ、そいつらをあなどってはダメ!」

 

 レイの口調はおそろしく強かった。

 船底と船内と離れていて、お互いに顔が見えない位置にいるにもかかわらず、すぐ背後からどやしつけられたでもしたような気がした。ユウキは開きかけた扉をあわてて閉めて一歩引き下がった。

「レイくん、ヤツラはライフポイントは2000、心配するほどではない。先ほど嫌というほど倒した『トーポーズ』と変わらんよ」

「いえ。まったく別物と考えたほうがいい」

「それはどういうことかな?」

「ユウキ。あなたの今持っている武器は何?」

「敵から奪った機銃とサーベルだが?」

「その銃があったのに、そこの兵士は喰われている」

「ならば剣なら通用するのではないかね」

「通用する、しないじゃない。たぶん、まったくちがうゲーム」

「まったくちがうゲーム?」

「もしかしたら、さっきまでのような、アクションや格闘、シューテング系じゃないゲームかもしれない……」

「なるほど……」

 ユウキはレイの意見ももっともだと感じた。武器や撃退するスキルを持っているはずの兵士たちが、あれほどいとも簡単に餌食になっているのだ。

「そう言えば、タケルくんは、こちらの海のステージは、攻撃のタイミングを指示に合わせる『リズム系』のルールだと言っていたな」

「それもひとつの可能性。ひとつひとつ試して、その法則性を切り分ることが必要」

「どうすればいいと思うかね?」

「わからない。ぶっつけ本番で試すだけ」

 これだけの危惧や考察を投げかけられて、具体的なアドバイスや対策がない、ということにユウキは面喰らった。なんと無責任な、という気持ちが心を支配しかけたが、ゲームの達人のレイにしても、現状から推測できるのはそこまでなのも間違いなかった。


「レイくん、わかった。試してみよう」

 それだけ言うとユウキは再び鉄扉てっぴに近づいた。慎重に扉を開いて、隙間から内部を覗きみた。

 蛙の姿の電幽霊サイバー・ゴーストは先ほどと同じ場所にいた。頭を食いつかれていた兵士は、中身を吸い尽くされたのか、古くさいカートゥン・アニメのように、からだがペラペラの紙のようになっていた。

 蛙のいる場所からもうすこし先にこの船の中枢ともいえる操舵輪が見えてくる。

 ここを制圧すれば、この船を乗っ取れる。心がはやった。


 ユウキはすばやく蛙の数を数えた。

 正面前方十メートルほど先にいるのは全部で四匹。それ以外に隠れている気配はない。 ユウキはゆっくりと扉を開いて、慎重に室内に足を踏み入れた。銃を正面に構えつつ、いつでもサーベルも抜けるような体制で、じりっと歩を進める。だが、うしろ手にゆっくりと扉を閉めたとたん、ドアの鍵が『カチリ』と音をたてて閉まった。その小さな音がまるで開戦の号砲であったかのように、四匹の蛙が一斉にこちらをふりむいた。

 ユウキはドアノブを回そうと手を伸ばしたが、ドアノブはすでに消えていた。

 やはり閉じこめられたか……。

 兵士たちが皆、この部屋で殺ろされているのを目撃した時点で、クリアしない限り脱出できないステージなのだろうと、ユウキは覚悟をしていた。

 ユウキは蛙の電幽霊サイバー・ゴーストをつぶさに観察した。『ダーク・サイト』にいたこぶを生やした電幽霊サイバー・ゴーストに似たようなぬめぬめとした粘着質の皮質感の表皮をもっていた。汚らわしい緑色のからだはぶよぶよと醜く肥えており、四本の手が生えていた。脚をあわせて六本の手足は、からだには不釣り合いなほど長く、隆とした筋肉で引き締まっている。

 ユウキは実際には本物の蛙を見たことがなかったが、蛙が自由に跳ねまわっていた時代というのはさぞやおぞましがっただろうと感じた。

 一体の蛙が床を力強く踏みしめながら、こちらに歩いてきはじめた。胸を前に突きだし、両腕を前後に振り回し、こちらを威嚇いかくしてくる。

 すぐさまユウキは銃を撃った。が、銃弾は蛙の体をすり抜けていった。

 これはユウキにとって想定内だった。

 ユウキはサーベルを腰から引き抜くと、遠方からでも絶大な攻撃力のある一撃をふるった。伸びてから枝分かれする剣先で、トーポーズどもを一網打尽にした必殺技だ。

 が、その剣先はどれひとつとして蛙に当たらなかった。やはり銃弾同様、蛙のからだを通り抜けていった。すぐさまやり方を変えて今度は伸びる剣先で、手前の蛙ではなく奥の蛙を攻撃してみた。

 手前の一体を突き抜けた剣先が、兵士の頭をチュウチュウ吸うのに夢中になっている奥の蛙に到達する。いくつかの剣先が兵士の死体に突き刺さったが、やはり蛙のからだをすり抜けていった。

 ユウキはすぐさま空中に目を這わせた。どこか空中に矢印が点滅していれば、その矢印にしたがって攻撃を仕掛けることで勝機がみえるはずだ。


 だがそれらしいものは見えなかった——。


 ここの戦い方のルールがまったく理解できない。

 蛙が大きな口を開けて腕を振り回す。ゴリラのドラミングのように胸を叩くのではないかと思わせるほど力強い動き。あの腕で攻撃を受けたら、ひとたまりもない。

 ユウキは蛙の脇をすり抜けて別の部屋に隠れる作戦に変更しようと考えた。もしかしたら、敵から身を隠しながら任務を遂行する「ステルス系」ゲームかもしれない。

 ユウキのなかに焦る気持ちが募りはじめた。

「ユウキ、どう?」

 その時、レイが状況を尋ねてきた。

「レイくん、あまり良いとはいえない。こちらの攻撃は銃弾も剣先もすべてすり抜けてしまうのだよ」

「タイミングを出してくれる矢印とか光はどこかにない」

「あたりを見渡して確認しているんだが……」

「あたりを?。ユウキ、あなた自分のからだを調べた?」

「自分のからだ?」

 ユウキはレイからそう促されて、自分のからだの各部分をまさぐるように点検した。腕や胸、胴回り、大腿部にかけてはなにもない。が、屈みこんでひざ下を確認しようとしたとき、足の先が淡く光っているのに気づいた。

「レイくん、ビンゴだ。つま先が光ってる」

 ユウキがつい勢いこんで言ったが、レイは静かな声で制した。

「静かに、ユウキ。何か聞こえる……。あなたのいる部屋」

 レイにたしなめられて少々苛立いらだったが、ユウキはすぐにその忠告にしたがって、耳をそばだてた。たしかになにかが聞こえていた。

 重々しいビートと鈍重なリズム、騒ぎ立てているような声がそれに乗る。一聴しただけで騒々しいと感じる音。だけどどこか古めかしさを感じる演奏。

「レイくん。これは……音楽だ」


「ユウキ、その場でジャンプしてみて」

 レイが指示してきた。

 ユウキは言われるまま、軽くその場で飛びあがったが、足が床につくやいなや、床に敷き詰められていたタイルが突然光輝きはじめた。まるでイルミネーションのように、何色もの色に変化していく。その光はまっすぐに直進して、艦橋のほうへと流れていく。床を走っていく幾層もの光のシグナルが、蛙の電幽霊サイバー・ゴーストのすぐ足元をすり抜けていく。

 と、それに触れた瞬間、蛙の電幽霊サイバー・ゴーストが動きをとめた。ルールを確信するのに、ユウキにはそれだけで充分だった。

 ふいにユウキは音楽に混じって、雨音らしきものが聞こえてくるのに気づいた。かなり強い雨が降っていると想像できる雨音。と。一瞬にして先ほど床だったものが、水一面になっていた。靴のソールがひたひたになる程度。


 水溜まりのステージ……というわけか?。


 蛙がふたたび動き出した。

 足を大きく踏み込む(ストンプ)。

 足元の水が跳ね上がり、足の下で波紋が広がった。

 続けて、蛙が上半身を大きくみせるように胸をつきだし(チェストポップ)、両腕を力強くふりおろしてきて(アーム・スイング)、目の前の敵を威嚇いかくするような動きをする。

 ずっと見せられていた蛙の動きが、さきほどとは違ってみえてくる。

「その動き、わかる……?。クランプ(KRUMP)よ」

「クランプ……。わかったよ、レイくん。ここの戦いはたしかにリズム系……」


「ダンスバトル・ゲームだ」


「じゃあ……」

 耳元でレイが声を弾ませた。

「ユウキ……、今から舞い踊ってちょうだい!」

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