第243話 生きている!

 生きている!


 そのことばを聞いた瞬間、ヤマトは思わず息を飲んだ。

 さきほどまで感じていた違和感が払拭され合点がいったことが半分、このステージに仕掛けられていた最大級のトラップに今まさにかかってしまったという痛恨の思いが半分。

「クララ、早く脱出を」

 ヤマトが声が裏返しになりそうな勢いで叫んだ。

 クララは返事をするより先にスピードをあげた。上を見あげる。

 ほんの十秒ほどもあれば抜けでられたはずの大穴がやけに遠く感じる。ぽっかりと大口を開けていた穴がみるみる縮んで小さくなっている気さえした。

 ちがう!

 ほんとうに縮んでいる。

「クララ、まずい。穴が塞がりはじめた」

「これが精いっぱいです」

「ぼくを離せ。君だけでもいったん外へ」

 ヤマトはクララがつかんでいる手をゆさぶると、 クララはいっさいの躊躇ちゅうちょなしに、すぐさま呼応した。

「そこの階段に降ろします!」

「いや、投げ落とせ!」

 ヤマトがそう言い終わらないうちに、クララは一番近場の内階段に向けてヤマトの体を投げ飛ばした。やや乱暴な勢いで内壁に肩と頭がぶつかったが、ヤマトはからだを起こすとすぐさま上に向き直ってクララに声をかけた。

「早く抜け出せ!」

 だがクララの思いきった判断にもかかわらず、すでにもう手遅れだった。

 クララの上部から塔の内壁が剥がれ落ちてきていた。今の今までレンガの壁だったものがペキペキと音をたて縦に細く裂け、だらりと垂れ下がりはじめたかと思うと、それが触手のようにぬたぬたと動き始めた。

 クララはすぐさま巧みなからだの切り返しを見せ、触手のいきなりの襲撃を避けた。触手がくるくると巻き戻る。次の攻撃に移るための一瞬の隙間。クララはその間隙をぬって、その触手の群れがうごめくエリアをすり抜けた。大胆で瞬間的な判断力を要する見事な動きだった。

「いけ、クララ!」

 アスカ相手に空中戦を思うがままに渡り合っていた、というのも納得する勘の良さに、ヤマトは感心していた。穴まであと数メートル。元あったサイズのすでに半分程度にまで縮小していたが、通り抜けるにはまだ余裕がある。

 クララが手を伸ばした。穴のむこうに手がつきだす。

 が、その瞬間、壁という壁からジッという音とともに、なにか霧状のものが吹きだした。


 たったそれだけで魔法が解けた。

 クララのからだはガクンと揺れたかと思うと、遊泳している姿勢が崩れた。クララは一瞬にして『重力』に掴みかかられていた。なんの手だてもとることなく落ちてくる。

 ヤマトが上を見あげてクララの動きを目で追ったまま『ドラゴンズ・ボール』をふところにねじこむ。クララが近づいてくる。重力へのせめてもの抵抗とばかりに、手や足を空中でばたつかせている。

 ヤマトは階段を蹴りあげて塔の中空にからだを投げ出した。目の前を通り抜けるタイミングで、ヤマトがクララのからだに飛びつく。顔にクララの胸がぶつかったが、そのまま

ヤマトはクララのからだをぐっと抱きしめた。そして、そのまま空中でからだを半回転させる。

 二人はヤマトが飛びついた勢いのまま、数十メートル下の反対側の内壁の階段に激突した。背中側をむけていたヤマトが壁にしたたかに背中と頭をぶつける。ヤマトに抱きかかえられていたクララも只ではすまない。階段に足を打ちつける。ゴキンと骨が折れた音がし、からだが階段の上で跳ねると、その反動で階段からからだが滑り落ち、胸から下が階段の外に放り出されそうになる。

 そのクララの手をヤマトがぐっと掴んで、なんとかそこで落下を食い止めた。

「クララ、大丈夫か」

「はい、ありがとうございます。脚の骨と肋骨が何本か折れた程度です」

「そうか、よかった」

 ヤマトはクララの腕をひっぱり、クララのからだを階段の外からひっぱりあげた。自分のすぐ横に座らせ、クララのからだを引き寄せ肩を抱いた。

 ヤマトはふーっと息をついた。

 これでとりあえずの危機は回避した。

 クララがヤマトの肩に頭を預けてきた。

「ごめんなさい。わたし、しくじりましたわ」

「いや、今のはきみを責められない」

「わたし、タケルさんを見捨ててまで、脱出を優先したのに失敗したんですのよ」

「いや、あれは賢命な判断だった。もし君が感情やいらぬ使命感にかられて、ぐずぐずとためらっていたら、ぼくはきみをパイロットとしての資質を疑っていたかもしれない」

 クララが大きく目を見開いてヤマトの顔をみつめると、すぐに安堵したように息をついた。その吐息がヤマトの顔にかかる。

「でも、これで脱出する手だてをうしないましたわ」

「あぁ……。だが、その前にふたりとも相当な怪我をしているのを修復しよう」

「タケルさん、わたしがやります。わたしのほうがマナに余裕がありますし……」

 ヤマトはその提言にとくに反対する理由もなかったので、「あぁ、頼む」とだけ言った。

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