第237話 今は個人的な執着は忘れるべきだ
光の矢が半魚人の体を貫いた時、クララはまたもしてやられたという思いにとらわれた。地球に降りてきて24時間も経たないのに、自分は何度、
まさに、あ・うんの呼吸——。
アスカのことば使いや高飛車な態度はあいかわらずだったが、はたからみているとヤマトタケルはそれに翻弄されつつも、巧みにコントロールして抑圧と懐柔の中で、アスカと心の距離を縮めているように思える。
口惜しさが苦い粘液となって喉元までせりあがってきたが、クララはぐっと唾を飲み込んで、その思いを
今は個人的な執着は忘れるべきだ——。
なにかが遠くでキラリと光った。それがなにかと疑念を抱く間もなく、アスカの光の矢が塔の下方にむかって飛んでいく。階段を駆けあがってくるヤマトのすこし下。何十本もの矢が壁に突き刺さる。その一撃だけでヤマトを下方から追いかけてきた正体不明の化物も、塔のなかを這い回っている半魚人も貫かれていた。
アスカの放つ光はヤマトが上がっている速度にあわせて、間断なく二の矢、三の矢がせわしなく飛んできていた。その矢が徐々にこちらの方に近づいてくる。尖塔の屋上近くに浮遊している自分の位置から見あげると、百メートルほども離れた場所ではあったが、順調にヤマトが駆けあがってきているのは間違いない。
その時、ふいに自分の顔に光があたっていることに気づいた。
そちらに顔を傾けるより先に、光の先が目の前を通り過ぎていった。文字通り目と鼻の先——。首を横に傾けていたら額を射貫かれていもおかしくないほどの、間近を通り抜けていった。
「あぁら、ごめん、クララ。ミスったわ」
頭の中にアスカの声がとびこんできた。クララは頭の上のポイントを上目使いでちらりと確認した。勝手に送りつけてきているテレパシーを受信するだけで、腹立たしいほどポイントが減っていくのが見えた。
「アスカさん、詫びは不要ですわ。まだご自分のスキルに不慣れで使いこなせてないようですからね」
あざといアスカの行動に、クララは皮肉で茶化してみせた。
「それよりこの通信やめてもらえます?。意外にマナを消費しますのよ」
それに対するアスカの答えは、クララの体をかすめた二本目の光の矢だった。
まったく大人げのない反応——。
この女にはまったく手を焼く。
「あたったらどうするつもりですの?」
「は、あたったからって死にゃあしないわよ」
「だからと言って仲間を攻撃していいわけじゃないでしょう」
「そうね。あんたの言うとおりだわ。でも、あんたのことが気にいらないの!」
「あら、わたしたち気が合いますわね。わたしもあなたのこと嫌っててよ」
クララは余裕たっぷりに言い返したが、アスカは突然感情を爆発させた。
「なんであんたなのよ!」
「なにがですの?」
「なんであんたみたいに、なんでもかんでも持ってる女がいンのよ!」
光の矢がヤマトが昇ってきている付近に着弾するのがみえたが、またしても一本だけが大きくはぐれて、自分の体をかすめるような軌道で通り抜けていく。
クララは動じなかった。
警告だけだ。当てるつもりはないらしい。
「なんでも持っているのはあなたの方でしょうに。由緒ある血筋、パイロットとしての資質、それにすてきなお兄さんも持っていた」
「ハ、よく言うわよ。兄はあなたに夢中だったわ。いえ男の子はみんなあなたに心を奪われてたわ。ほンとうに気に入らない」
「あなたの性格では誰もが近寄りがたいだけでしょう」
光の矢がことさら近くをすり抜けた。風ではためいたドレスのフリルをわずかばかり切り裂いていった。
「タケルは渡さないからね」
その押しつぶしたような挑戦的な声色に、クララは思わず目を見開いた。
本気の宣戦布告!。
クララはこころの中のなにかが震えるのを感じた。だが、同時に心の中で快哉を叫んでいた。
アスカが自分を脅威に感じている——。
つまり、まだ雌雄は決してないということだ。
クララはアスカにむかって
「ええ。わたしこそ渡しませんわ」
その声は自分でも驚くほどに弾んでいた。
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