第238話 兵隊が降下してくる!

 レイが剣を戦艦の船底に叩きつけた。


 ガコンと重たい金属音がしたと思うと、たった一撃で船の底にひびが入った。

「さすがだな。レイ君」

 そう激励しながらも、ユウキはすこし複雑な気分でいた。

 さきほどレイに焚きつけられて、己のベストと思える作戦を熱く語ったが、レイが投げ掛けたアイディアは、それをこともなげに陳腐化してしまうほど斬新なものだった。

 ユウキは悔しかったが、潔く脱帽するしかなかった。

 もしよりベターな作戦がありながら、プライドや意地という個人的な感情で、それを選択しないとしたら、それこそが「無能」の極地というべきものだ。

 無用なプライドに固執して、判断を見誤ることは、ユウキのプライドが許さない。

 レイがヒビの入った部分にもう一度剣をふるうと、ばりばりッという火花が散って表面の一部が剥落はくらくした。剥落片がユウキの目の前から頭のほうにぬけて、海側の方へ落ちていく。自分の立ち位置から見るとその剥落片は、上に舞い上がっていった形になるが、海側のステージからするとまちがいなく、落ちていっていることになる。

 それを見て、ユウキはすこし胸をなでおろした。剥落片が海側に落下するというのであれば、この船も撃沈させれば、まちがいなく海の方に落ちていくはずだ。

「ユウキ、すこしはなれていて」

「レイ君、どうするつもりかな?」

「この穴から電磁波を送り込んで、爆破する」

「爆破……。きみは大丈夫なのかな?」

「それはなんとでもなる。それより穴が開いたらあとは、あなたにお願いする」

 レイはそれだけ言うと、大剣の先を船底の穴に深々とねじ込んだ。

「いいだろう」

 それだけ言って、ユウキは腰のサーベルを引き抜いて身構えた。

 自分の武器は破壊行為には不向きだったので、もっぱらレイにまかせっきりだったが殺戮さつりく行為には、こちらの武器のほうが長があった。内部に侵入した際もし乗組員が邪魔だてしてきても、このサーベルなら狭い通路内で思う存分に剣をふるえる。

 レイが大剣を穴にあてがうとユウキに目配せして言った。

「じゃあ、攻撃をしかける」

 そう言い終わるか言い終わらないうちに、剣の中央に埋め込まれた装置が発火した。それと同時に、レイは自分の目の前に透明な盾を出現させた。自分のからだを全部カバーできるほどの大きさのバリア。

 ユウキは『しまった』と思ったが、すでに遅かった。レイに『お願い』されて気負ってしまったユウキは、爆風から身を守るすべにまで頭がまわっていなかった。


 とたんに耳をろうする凄まじい雷音がして、船底がドーンと爆発した。

 前のめり気味でスタンバイしていたユウキは、直後に襲ってきた爆風に足をすくわれて、うしろに転げた。足元のレッドドラゴンの死体に尻餅をつくと、そのまま死体のうえを滑べっていく。ユウキは急いでレッドドラゴンにサーベルを突き立てた。

 ぐいっという強い抵抗が腕に負荷がかかったが、それでなんとか滑っていくからだを、とめることができた。

 ユウキは足をぐっと踏ん張って立ちあがると、爆破した船底部分に目をむけた。

 そこに大きな穴があいていた。人が数人、通り抜けられるほどの穴。そこからは濛濛もうもうと黒煙が吹きだしていたが、こちらのほうへはたなびいてこなかった。穴からもくもくと吐き出される煙はそのまま、船の甲板側へと立ちのぼっていた。それでも煙の勢いは強く、レイの姿は煙に隠れてなんとか頭のてっぺんが見える程度だった。

 ユウキはドラゴンに突き刺していたサーベルをひき抜こうとした。

 その時、煙の向こうからレイが叫んだ。

「ユウキ、気をつけて」

 だが、レイのことばがこちらに届く前に船底の穴から、ガガガガガガッという機銃の音が空気をふるわせた。一瞬にしてユウキの体に弾丸が撃ちこまれた。何発もの弾丸をもろに浴びて体がうしろにのけぞる。服についていた装飾具が吹き飛び、無数の穴がからだを穿うがっていく。目元をおおっていたマスクは砕け散り、顔に何個もの赤い斑点を刻んでいく。

 今度は弾丸の圧力にはね飛ばされそうになる。

 ユウキがサーベルをつかむ腕にぐっと力をこめたとたん、ふいに銃撃の嵐がやんだ。


 黒煙の中から何本ものロープが下に垂らされてきた。

『兵隊が降下してくる』

 ユウキはそう直観した。すぐに今の自分のステータスを確認した。

 頭上のマナのポイントに目をやる。


 38000——。

 

 レイに50000ポイント与えられたことを考えると、かなり少なくなったが、心もとないというほど深刻な事態ではない。

 ユウキは蜂の巣にされた自分のからだを再確認すると、空いている方の手で自分の肩をつかんだ。たちまちからだ中にあいた穴が社がり服や装飾具が元にもどっていく。と同時に頭上のマナの数字もルーレットが回るようなスピードで減っていく。


ユウキが元の状態に戻った時、マナは32000にまで減っていた。

「ユウキ、くる」

 レイが叫んだ。すでに煙は漏れだしている程度まで鎮静していた。視界はよくなかったが、黒煙は白々としたもや程度にまではおさまっていた。

 ユウキは足元のレッド・ドラゴンからサーベルを引き抜くと、独りちた。

「減ったマナをすこしはとり戻させてもらわんとな」


 そこへロープを伝って降下してきた兵たちが姿を現わした。

 ユウキはサーベルを横に一閃して、一番近くの兵士の腹から下を切断した。下半身がそのまま海の方へ落下していく。

 その兵士は自分とは逆さまの状態で立っている男と、顔をつきあわせていることに驚いていた。あわてて手元の銃を構えようと視線を手元に落とす。その時、自分の下半身がすでに無いことに気づいた。銃の引き鉄に指をかけたまま、蒼ざめた顔で自分の足元だった場所を見つめていた。

 兵士が顔をあげてこちらに目をむけた瞬間、兵士の上半身がはじけとんだ。

 レイだった。

 レイが背後から大剣を横に振り抜いた姿が目に入った。レイが一太刀で薙ぎ払ったのは、目の前の半身の兵士だけではなかった。一振りで三人の兵士のからだを切断していた。あの兵士はそのあおりをくらったにすぎなかった。

 ユウキのからだの横を、切断された兵士の腕がとんできた。その腕には銃が握られていた。ユウキはその腕を空中でつかむと、その手から銃をとりあげた。

 すぐさま船底の穴を見おろす。また新たなロープが垂らされてきた。次の兵が降りてこようとしているようだった

 ユウキは銃を構えると、その穴にむかって銃弾をありったけぶち込んだ。けたたましい銃声が空に鳴り響いた。とたんに、穴から何人もの兵士がもんどりうって落ちてきた。

 剣士の格好を気取りながら、機関銃で、しかも相手から奪った武器で攻撃するのは、自分のスタイルらしくなく気が引けた。だが、使えるものは仲間の命でも使うという、レイ・オールマンの戦い方を目の当たりにして、そんなくそみたいなプライドを振り立てるのが馬鹿馬鹿しく感じられていた。

 ユウキはさらに穴にむかって銃弾を放った。逃げおくれた兵士が数人、穴から落ちてきて、そのまま遥か下の雲海に消えていった。

 レイが声をかけてきた。

「ユウキ、それいいわね。こちらのマナを消費せずに相手を倒せる」



ユウキは銃身に指を通わせながら、すこし困ったような顔をしてみせた。

「レイ君、残念だがそれほどいいものではない」

 ユウキは自分の頭上に目をむけて続けた。

「なにせこの武器でどんなに敵を倒しても、さきほどからマナの数字がいっこうに増えてくれようとしないのだよ」

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