第210話 電幽霊(サイバー・ゴースト)のおでましだ

 『電幽空間』に『マインド・イン』すると、目の前にヴァーチャル世界の風景が現出した。


 クララ・ゼーゼマンが最初に感じたのは、肌にまとわりつくような嫌な『空気感』だった。ヴァーチャル空間はもちろんはじめてではない。だが、視覚や聴覚よりも霊覚が優先する、怖気立おぞけだつような感覚はいままで感じたことがないものだった。

 

 そこは見渡す限り、どこもかしこも朽ちていた。25世紀の今ではそう目にすることもない廃虚と呼ぶべき空間。現存するとしたら、二百年ほど前の第三次世界大戦のときに、戦禍を避けるために地下深くに移設された『地下都市』くらいなものだろうか。

 だが、ここにある廃虚はおもむきがちがっていた。尖塔の先鋭感が特徴的な教会。ゴシック調のレンガ壁の建物——。そこはもっと昔の『中世』と呼ばれる時代を感じさせるクラシックな街だった。 

 だが塔は完全にかしぎ、ガラスもないに等しい。ステンドグラスも見事に剥がれ落ち、建物はそこかしこで崩落していて、屋根すらまともに残っていない。そして崩れ落ちたレンガが散乱し、石畳の道路部分を埋め尽くしている。元々はうつくしい街並みであったことがしのばれたが、いまはその片鱗へんりんはない。


 だが、そんな古色めいた世界観が、異常な気配を漂わせているのではない。なにかもっと違う別のなにか……。


「なにかいるわ」


 クララは全員に聞こえるように叫んだ。

「なにかってなによぉ。なんにも感じないわよ」

 アスカがクララにくってかかるように言ったが、すぐにヤマトがそれを否定した。

「なにかを感じた?。クララ、すごいな」

「ちょっとぉ、タケル。なによ。なにがすごいってーのよ」

 アスカの攻撃がヤマトのほうにむけられたが、ヤマトはまったく気にすることなく続けた。

「クララ、キミが感じているのは、たぶん電幽霊サイバー・ゴーストの気配だ」

「嘘でしょ。どこよ」

「いや、アスカ。ぼくもまだ感じられてない……」

「だったら、幽霊かどうかわかんないでしょ」

「いや、アスカくん。わたしが昔入り浸っていたのは、この『ダーク・サイト』だったのでよく知っているが、この浅い階層でも、電幽霊サイバー・ゴーストに出くわす。何百年間もさまよっている霊にね」

「何百年間?」

 レイがふいにそのワードに食いついて、疑問を口にした。

「あぁ、レイくん。基地局喪失サーバー・バニッシュドが起きてから、すでに四百年近く経つからね」

「四百年も経ってるのに、なぜ、サーバーを閉じないの?」

「あんたボカぁ。20億人もの人々が奪い取られた『記憶』や『感情』の一部が保存されてンのよ。簡単には消去できないでショ」

「でも、その当時の人はもうとっくに死んでる。もう必要はないはず」

 この事件について知識が浅いはずだったが、レイの意見はもっともだとクララは思った。自分もむかしそこに思い至ったことがある。だが、結局明確な答えはわからずじまいだった。クララはユウキがどうそれに答えるのか、興味深く見守ることにした。

 だが、驚いたことにユウキはそこで口をつぐんだ。それまで饒舌じょうぜつに説明をかってでたユウキが、なにかを言いよどんでいることに、かすかな驚きを感じた。

「レイくんの疑問はもっともだ……。当時は、電霊媒師サイバーシストという能力者たちが、『魂』の引き揚げサルベージを行っていたというが、今もなぜこのサーバーがいまだに稼働しているかは謎だらけなのだよ」

 あまりにも的を得ていないユウキの物言いに、クララが意見をしようと口をひらきかけたとたん、ふいに悪寒おかんが走った。からだがぶるっと身震いする。

「あーら、クララ・ゼーゼマン。あなた幽霊が怖いの?」

 横から勝ち誇った口ぶりでアスカが意地悪げに言ってきた。

「まさか。わたしはそういうのを感じる力が強いの。だからいつも気分が悪くなる」

「へぇ、そう。あたしとヤマトもこのあいだ、心霊現象を経験済よ。レイの母親の霊でね」

「アスカ、それ、母さんの幽霊じゃない。ただの幻影……」

「どっちだって、おんなじよ!」

 そのいさかいを止めようとしたわけではないだろうが、ユウキの一言が三人を一瞬にして黙らせた。


「静かに。電幽霊サイバー・ゴーストのおでましだ」

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