第209話 いまから全員で『アビス・サーバー』にダイブする

 自分がデータ転送した先がそれほどまで危険な場所であった——。


 そう聞かされて、ユウキの気分はどうしても晴れそうもなかった。カツライ司令らの裏をかいたつもりで、いいように操られていたのだから、当然といえば当然だ。

 これ以上、出し抜かれるのは、どうしても避けたいという気持ちが高まってくる。


「タケルくん、今から『グレイブヤード・サイト』にむかったほうがいいかもしれない」

「今から?」

 素っ頓狂すっとんきょうな声をあげたのはアスカだった。もちろん徹底的に否定的ニュアンスを含ませたひとことだ。

「アスカくん。奪った『ドラゴンズ・ボール』のデータが『アビス・サーバー』にあるのは、軍も知っているのだよ。あらかじめ、そこに送り込むように仕組んでいたのだからね。すこしでも急がなければ、先に奪われる可能性が高い」

 ヤマトはユウキの目をじっと見つめて訊いた。

「ウルスラ総司令とカツライ司令は知っているんだね」

「あぁ、もちろんだ、タケルくん。われわれはあの二人の直属だからね」

 それを聞いてヤマトは頭を巡らさせた。あの二人とは今朝はじめて対峙たいじしただけだったが、相当に油断がならない相手であることだけ確かだった。しかも『四解文書』に対して並々ならぬ執着心がある上、きわめて拙速せっそくだ。

 こうなると、あのとき追体験機リ・リビング・デバイスで追体験なんて誰もできやしない、とあおったのが悔やまれる。

「ユウキ、きみは彼らがそのまま『グレーブヤード・サイト』にあのデータを隠しておかないと思っているんだね」

「わたし個人の見解としてなら、あの場所は安全性が担保されているのだから、すぐに動かす必要はないと思う。ふつうなら、下手に動かして挙動を文官の連中に悟られる危険は冒したくないだろうしね。だが、ウルスラ総司令……、なによりもカツライ司令はそんな中途半端な状況を嫌うと確信している」

「カツライ司令が?」

「あぁ。あの人はああ見えて、相当にしたたかだ。自分以外は誰もが、自分の踏み台だと考えているタイプの人間だと思う。ウルスラ総司令ですら、おそらくその先への踏み台にすぎないのではないかな」

 ヤマトは上をみあげて、考えをめぐらせた。

 もしミサトがそのような人物ならば、せっかくの成果をそのままにしておくとは考えにくい。目に見える形でアピールしたがるにちがいない。

 ヤマトの腹は固まった。

 ヤマトはテレパス・ライン装置を起動して、沖田十三を呼びだした。

「十三。申し訳ないが、今からヴァーチャル・リアリティ装置のセットアップをお願いしたい」

 十三はなにひとつ問うことはなかった。

『エル様。今お伺いいたします』


 そのやりとりにまずアスカが最初に訊いてきた。

「ちょっとぉ、タケル。本気ぃ?」

「いまからみんなで『アビス・サーバー』にダイブする」

「タケル、ちょっとぉ。あたし、そんなとこ潜ったことないわよ」

「わたしもですわ」

 クララが心配そうな面持ちで参戦してきた。ユウキもヤマトになにかを言おうという口を開きかけたのがわかったが、入り口で物音がして沖田十三が入室してきたことで、機先を制されたのか、そのまま押し黙った。

 十三は手元に、サンドウィッチが山盛りになったトレイを持参していた。

「エル様。ついでに軽食をご用意いたしました。セットアップしております間に、すこし腹ごしらえされてはいかがでしょう」

「いや。それは戻ってきてからにする。今はいい」

「あたしはすこしお腹がすいたわ」

 アスカがあいかわらずの調子でアピールしてきたが、ヤマトはきっぱりと断じた。

「だめだ、アスカ。腹にものを入れたら、確実に吐く」

「吐く?。ちょっとぉ、それ、どういうことよぉ」

 そのとき、機器のセットアップ用コンソールをチェックしはじめていた十三が声をかけてきた。

「エル様。どこへダイブされるのかご指摘ください」


「グレーブヤード・サイトだ」


 十三の操作する手がぴたりと止まった。その一連の動作を全員が見ていた。だれもを一瞬にして不安にさせる反応だった。それはヤマトが意図した通りの反応でもあった。

「エル様。つかぬことをお聞きしますが……」

「なんだ。十三」

「本当によろしいのですか?」

「あぁ。バックドアを用意してくれ。最初は『ダーク・サイト』からで頼む」

 そのやりとりだけで、今から向かう先が生半なまなかなものではないと全員が認識してくれたはずだとヤマトは確信していた。十三はそれ以上なにも聞こうとはせず、目の前の準備のほうへ集中しはじめた。

 ヤマトはVR装置のシートからからだを前に乗り出すようにして、全員が次のことばを待っているのに気づいた。

「全員、VRシステムを装着してくれ」

 その指示にユウキとレイはすぐに従った。なにも言わずに頭上のVRゴーグルを装着し、

バーチャル・コンソール画面を指でタップしはじめた。不満そうな顔をしていたアスカも渋々といった表情で機器を装着しはじめる。

 いつもなら、こういうイベントには、いの一番に大乗り気ではしゃぐはずなのに、ヤマトはアスカがすこし元気がないのが気になった。

 ヤマトもすぐに準備をはじめようとすると、クララが不安げな表情で声をかけてきた。

「タケルさん、わたしはまったくの素人ですが、わたしでもお役にたてますでしょうか?」

「もちろんさ、クララ。きみはデミリアンのパイロットだろ」

「えぇ、まぁ、そうですけど……」


「あれを扱える精神力があれば、大丈夫だ。死なない」


「たぶん……」

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