第208話 電幽霊 — 事故で奪われた感情が具現化した、意識の成れの果て

「幽霊……」

 レイはその前時代じみた概念をしめす単語を、口の端にのぼらせた。もしかしたら、そのことばを口にするのは、人生で指を折るほどの回数かもしれない。

 ユウキの回答に納得していないのがわかったのだろう、あわててユウキが言い添えてきた。

「幽霊と言っても、電幽空間に現れる電幽霊サイバー・ゴースト(PsyberGhost)と呼ばれる存在なんだ」

「それはなに?」

「さきほど20億の人々が、意識の一部をちぎり取られたって言ったが、実はそれこそが電幽霊サイバー・ゴーストの正体だ。サーバーに残った『未練』『悲しみ』『憎しみ』『怒り』などが行き場所をうしなって、『電幽空間』をさまよったあげく、デジタルデータを取り込み具現化したものなのだよ」

「それが危険なの?」

「いや、電幽霊サイバー・ゴーストそのものは、危険度はすくない」

 ふいにヤマトが割って入ってきた。アスカとクララにすばやく目配せをする。二人ともしっかり聞けというアイコンタクトだ。おそらくここから先はアスカたちも知らない話なのだろう。

「今では『アビス・サーバー』と呼ばれているが、元々はふつうの『ゲームサーバー』だったものだ。あの事故で、人の心がアーカイブされているため、一種の『モニュメント』として四世紀もの間、ずっと稼働され続けている。だが、その長い時間のあいだに人々の意識がゲーム世界を乗っ取ってしまったんだ」

「乗っ取ったってどういうこと?」

「わかりやすく言えば、ゲーム内のクリーチャーが、人間の根源的なプリミティブな感情を吸収して、手加減の境界がわからないモンスターと化している。もし『ドラゴンズ・ボール』のデータを引き揚げサルベージしようとしたら、そいつらと戦わないといけないんだ。その階層ごとに違うゲーム、ヤツラのルールで……」

「タケル、それがなによ。あたしだってVRゲームくらいやったことあるわよ」

「アスカ。今いったはずだ。加減を知らないモンスターだと……」

「そ、それだって、たかがゲームでしょう」

「あぁ、その通りだ。アスカ。たかがゲームだ。上のほうの階層はね。おそらくユウキがよくバックドアから忍び込んで、訓練していたというのはそのエリアだろう」

 ヤマトがそう指摘すると、アスカたちがユウキのほうに顔をむけた。

「クロ……、ユウキ、そうなの?」

 アスカが事務的な口調で尋ねると、ユウキは「あ、いや、どこの階層とかは意識したことがなかったな」とだけ答えた。

「『アビス・サーバー』はおおまかに3つ階層にわかれている、比較的アクセスが簡単な上部の階層は『ダーク・サイト』、その下は『ブラック・サイト』。そして、悪質な電幽霊サイバー・ゴーストが巣くう掃き溜めが、最下層の『グレイブヤード・サイト』なんだ」

 ヤマトがそこまで話したとことで、レイがなんの前置きもなくいきなり訊いてきた。

「タケル。そこで負けたら、死ぬの?」


 あまりにも遠慮のないことばに、アスカもクララもビクッとからだを震わせて、レイに目をむけた。ユウキですらすくなからず虚をつかれた顔つきをしている。ヤマトは即答した。


「あぁ、死ぬよ」

「もちろん、命を落とすわけではない。だが、精神や感情や記憶に障害が残る。四百年前の事故の被災者とおなじようにね」

「つまり、その『アビス・サーバー』でしくじると、廃人になるのね」

 レイがこともなげに、再確認してきた。

「まぁ、そういうことになる」

「タケルさん、待ってください。『ドラゴンズ・ボール』のデータはそんな危険なところにあるのでしょう。どうやって回収するっていうんです?」

 クララは戸惑った表情を隠そうともせず、ヤマトを直視して訊いてきた。

 ヤマトは肩をすくめてみせてから言った。


「簡単な話だ。命がけでダイブするだけだよ」

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