第202話 アスカ—— あなたは大丈夫——

 あわてて目元を拭うクララ・ゼーゼマンを横目に見ながら、アスカは複雑な気持ちでいた。思い描いたとおり、クララはショックを受けてくれた。

 わざとらしいのは承知していたが、あれはあからさまの宣戦布告なのだから、それくらい動揺してくれなければ困る。

「心配しなくてもけっこうよ。ちょっと緊張が緩んだだけですわ」

 クララは毅然きぜんと言い放った。

「クララはまだメンタル面の弱さを克服しきれてないみたいね」

 先導するミライにも聞こえるように、アスカはおおきな声で言った。気づかうふりをしているが、クララに追い討ちをかけているに等しい。


 わかってる——。

 自分は卑怯者だ。

 兄が、リョウマがこの場にいたら、絶対にたしなめられているだろう。

 だが、この女は、クララ・ゼーゼマンは全力で叩きつぶさねばならない、という思いの自分がいるのはたしかで、それを自分でも制卸できずにいる。


 この子は美人だ。まちがいない。

 不本意ながら「とびっきり」という形容詞をつけてもいいほどだ。

 日本人の血脈を色濃く感じさせる『和』の顔だち。細い切れ長のまなじり、まるで点で描いたような控え目の鼻、ぷっくりと膨らんだ小さな唇、そして何よりも逆玉子形に均整にバランスのとれた顔の輪郭。そこからすーっと流れるようなラインでつながる細い首筋。どこをとっても魅力に満ちている。

 整形ロボットの施術をするのが茶飯事で、誰もが美男美女であることをなかば強いられる現代において、生まれたままの顔立ちでそれらに対抗できるというのは奇跡にちかい。


 タケルをとられる……。


 アスカは自分が「女」として原始的な畏怖いふを彼女に抱いていることに気づいていた。

 事実、リョウマは、兄はクララのことが好きだった。

 イギリスの寄宿舎時代、私のためとはいえ数多くの女の子とデートしてきた兄だったが、本気で好きになったのはクララがはじめてだったのではないかと思う。


 この女には一度大切な男をとられているのだ……。


 もちろんタケルは自分のものでもない。現時点では自分が彼とツガう匹頭にいるはずだし、タケルとは誓いあった仲だ。だが、クララにもタケルとツガう資格がある。

 そう。彼女も96・9%クロックスだ。


 自信を持ちなさい、アスカ。大丈夫よ。


 アスカはぎゅっと握りしめた拳に力をこめた。


 アスカ——。あなたは大丈夫——。


「なんかあった?。今日はアスカもおかしい……」

 ふいにレイが呟くように言った。そのことばに前を行くヤマトだけでなく、先頭のミライまでがこっちを振り向いた。

「な、なにがよ。レイ。言いがかりをつけないでよね」

「そう……。でも、アスカ、あなた震えているわ」


 はっとして自分の腕に目をむけた。両腕がいつのまにかぶるぶると震えていた。その様子をヤマトもクララもユウキも心配そうに見つめていた、

 アスカは怒りがこみあげた。そんな瑣末さまつなことに気づいて、それを面前で口にしたレイに腹がたってしかたがなかった。


 やなヤツ!。やなヤツ!。やなヤツ!。

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