第201話 アスカ、3%はたったじゃない!

 司令官や各セクションの責任者たちをあとにして、ローディング・エプロンから狭い通路にはいったところで、クララ・ゼーゼマンは「はーっ」とおおきく息をついた。ミライ副司令の案内でパイロットエリアに向かうとのことだったが、ほかのパイロットはまだ誰も口を開こうとしなかった。

 精神すら凍りついて動かなくなるのではないか、と思うほどの緊張にさらされたのだから、当然ではあったが、元凶のヤマト本人もなにも言おうとしないのが気にかかった。

 上官がいなくなったところで『あれは冗談だったんだよ』とでも言って、笑い飛ばしてくれるのでは、という期待もあったが、この場でもその雰囲気は微塵もなかった。

 ふいにアスカが口を開いた。

「クロロ軍曹。礼を言っておくわ。おかげであの場から解放された」

 クララの頭のなかにぼうっとした驚きが広がった。アスカがみずから礼を言うのをはじめて聞いた気がする。礼も詫びも、いつだって兄リョウマが付き添って、強制するように促してはじめて、という印象しかない。

「あぁ。当然だよ。アスカくん」

「まさか、クロロ軍曹に助け船を出してもらうとは思わなかったわ」

 アスカが呟くように言ったことばに、ユウキが抗議した。

「アスカ君、いい加減、その呼び方をやめてくれないだろうか?。わたしは少尉に昇進したし、きみたちとおなじ正規パイロットを拝命したんだ」

 アカデミー時代からのいさかいがまた蒸し返されそうになっている。

 月基地での訓練生の頃から、ユウキは血の濃さのことを揶揄やゆされ続けた。アスカだけがとりたてて彼のことをからかいの対象にしていたわけではなかったが、そういうことをする連中の一人であったのは確かだ。

「アスカさん、リョウマさんからそういう言い方をしてはダメだって、いつも言われていたでしょ」

 クララはたまらずアスカに注意を促したが、アスカはすぐに反論した。

「訓練生の時はね!。でもこうして、あたしたちとおなじ正パイロットとして配属されたとなったら、兄さんだって良くは言わなかったと思うわ」

「そんなことないわ。リョウマはいつもその人の中身を見てくれていましたわ」

 そう言い返しながらクララは、リョウマが自分を見てくれたのは、中身だけではなかった、ということを思い出した。視線を感じてふりむくと、大抵、リョウマと目が合った。

 あれは偶然ではない……。

 クララはそう確信していた。

「は、クララ、あんたもクロックスの一員でしょ。0・03%も劣るヤツの肩をもたないでもらいたいわね」

「アスカ君、そんなことを言ったら、君たちもタケル君より3%も劣っている」

 アスカはそう正論をぶつけてきたユウキをキッとにらみつけた。

「なによ3%くらい。たったの3%じゃない」

 あいかわらずのアスカのわがままっぷり。クララは苛立った。いつも兄のリョウマがそれをいさめていたが、もういない……。


「アスカ、3%はたったじゃない!」


 強い口調でヤマトタケルが一喝した。

 驚いたことにその一言で、アスカの顔つきが神妙になった。

「いままで96・9%クロックスが、パイロットとして採用されなかったのはなぜだと思う?」

 アスカはぷいと口をヘの字に曲げて顔をそむけた。答えはわかっているが、自分から口にしたくないという抗議のように見えた。


「危険だから……」


 なんのためらいもなく答えたのはレイだった。クララはあの子らしいと、思わず頬をゆるめそうになった。

「そう、危険だからだ」

 ヤマトはレイのことばを受けて全員に言った。

「血の濃さは『共命率』の高さに比例する。『共命率』がわずかに下がっただけでも、先日のレイのように途中で制卸不能になったり、リョウマのように……」

 そこまで言って、ヤマトは言いよどんだ。ちらりとアスカのほうに目くばせした。

「そう、兄さんのように、ちょっとした気持ちの乱れで、あの化物に取り込まれたりする」

 アスカがヤマトの言葉のあとをうけて、一番言いにくいであろうことを、代わりに言ってのけた。

 クララは驚きをかくせなかった。

 アスカという子は私以上にプライドが高い子だ。その場で自分が一番が適したキャラクターを本能的に演じて、わざとへりくだってみせることがあったが、今のはちがう。

 ヤマトがアスカの方に顔をむけて言った。

「だから、たった3%を侮らない、0・03%を差別しない。いいかい、アスカ」

「ごめん、タケル。わかったわ」

 アスカはすこし鼻にかかった声で返事すると、タケルの腕に手をまわして、しなだれるような仕草をした。

 クララはおもわず目を背けた。

 見せつけようとしている……?。


 なにかがあったのだ!!

 私が月基地で待機させられている間に、二人の間になにかしらの化学反対があったのだ。

 まさか、すでに二人はツガってる?。


 クララは体中の毛がゾワッと総毛立つのを感じた。


 遅きに失している——?。

 私はヤマトタケルと次世代の戦士を、それが97%や98%になるとしても、すこしでも濃い日本人の血をひく戦士をもうけるミッションも帯びているのだ。戦闘能力ではアスカに劣ばないとわかっていたから、自分が次のパイロットに使命されたというのは、そちらの役割を期待されているもの、と胸に期していた。

 なのに、そこでもすでにおおきく出遅れたのかもしれない。もし、今から頑張っても到底及ばないほど離されているとしたら……。


 私は何のためにここに来たの……。


 膝がガクガクと震え、その場にへたり込みそうだった。

 悔しい、腹立たしい、口惜しい、ねたましい……。

 どんな感情のせいで今、自分がそんな状況になっているのかわからなかった。だが、ここで醜態をさらすわけにはいかない。感情ごとき制卸もできなければ、パイロットのほうも失格だ。

 兄をみずからの手であやめてもなお、感情を押さえ込んだアスカにまた差をつけられる。

 がまんしなさい。クララ。

 まだ雌雄しゆうを決したわけじゃない。きっと逆転の目はある。


 その時、レイがこちらをじっと見ているのに気づいた。クララはレイにむけて、無理に口元をまげて笑みを浮べてみせた。

 レイは不思議そうな顔をして言った。



「クララ、どうしたの?。あなた泣いているわ」

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