第178話 一緒にダンスを踊りましょうかね

「ユウキさん、今のどういうこと?」

 クララ・ゼーゼマンは自分はなにか聞き違えたか、意味を取り違えたのだと思った。だが、なんど思い返しても、あれは恐喝だったとしか思えない。他人ごとながら、憤りが咽を這いあがってくる。

「クララ。気にしなくていい」

「でも、あんな言い方は我慢なりません」

「カツライ司令はあんな話し方しかできない人種なのだよ。あれでも私たちを鼓舞してくれているのさ。口さがないがね」

「でも……」

 クララの腹立たしさは治まらなかったが、それを押し殺すように押し黙った。

「それよりも君のほうは大丈夫だったのかね」

「そんじょそこらの腕ではないようですけど、盗賊をやっているようなやからに、落とされるような訓練は受けてはいません」

 ユウキのせっかくの気遣いだったが、クララはすこし苛立ちまぎれに返事をした。


 司令官なら、鼓舞するようなことばをかけるのではないか?。


 数日前に突然、日本支部への着任を命ぜられ、行き道の駄賃とばかりに初任務を押しつけられたのだ。だが、それは彼女にとって許容範囲内の無茶だ。むしろ思い掛けない幸運と前向きにとらえていた。

 だがその任が、殉職した前任のリョウマのパイロット・データの警備というのを知ってから気分がわるくなった。その任務がこちらが想像にしているより、はるかにやっかいであることを知るにつれ、いいように利用されている、というネガティブな思いばかりが頭を占める。クララが押し黙ったのを気づかってか、ユウキが本音らしきものを漏らした。

「ただ、わたしたちは失敗ができなくなった……」

「ユウキさん、どうすればよいですか?」

「すくなくともふたりそろって襲撃者どもの、お相手をしていられなくなったということだ」

「なら、わたしが二体をひきつけます。その間にあなたが……」

「いや、あの弐号機をもう一度相手にしてもらえないか」

「え?。今ふりきってきたばかりなんですよ」

「あの元気のありあまっている一体は、どうやら君にご執心らしい。今、下方から錐揉みしながら、君への奇襲をうかがっている」

「大丈夫です。捕捉しております。今、どうやって仕留めようか考えていたところです」

 クララはそううそぶいてみせたが、ユウキはそれに即答してくれなかった。

「どうかされましたか?」

「おかしい。輸送船の乗組員のヴァイタルデータが全部消えている。船のなかでなにかが起きているのかもしれない」

「どうします?」

「時間がない、クララ。まずはあの赤い機体を輸送船からできるだけ遠ざけてほしい」

 クララはユウキから送られた思念の中にまじる一抹の不安を嗅ぎ取ったが、すぐに気持ちを切り替えた。

 わたしはわたしに与えられた役割を果たすだけ。

 下方の映像に目をやると、赤い機体がくるくると錐揉みしながら、足元に迫ってきているのが見えた。クララは嘆息するように言った。


「仕方ないですわね。一緒にダンスを踊りましょうかね」

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