第177話 ただの盗賊と侮ってはならんということか

「ちぃぃぃ、反応のいいヤツだ」

 絶対の自信があった。

 亜沙・歴あすな・ゆきにとって、相手パイロットが帯電チャフをあのような形で瞬時に回避するとは思ってもみなかった。

『まさか下に逃げるとは。横か上に逃げれば仕留められたのに……。ただの盗賊と侮ってはならんということか」

 ユウキが回線を開いた。

捷瀬かつらい司令、ウルスラ総司令が予想したとおり、輸送機がおそわれました」

 網膜のモニタに、スイス本部内にある司令室の映像が映し出された。おろしたてと思われる軍服に身を包んだミサトがアップになる。

「ユウキくん、こちらでもリアルタイムで見てるわぁ。それ、落とせないの?」

「いえ、それがまだ……。少々、手練てだれで」

「めずらしいわね。あなたは空中戦はピカいちの成績だったでしょうに」

「しかし、相手は国連軍の熟練兵並みの判断能力です」

「まさかぁ。国連軍にあなたと同等の腕前のパイロットなんていないわよ。みんなAI任せなんだから」

「いや、しかし……」

「じゃあ、下から援軍送ったほうがいい?」

 ミサトが重要な決断をいきなり、ストレートでぶつけてきた。

 提案をしてきたのではない。その声色にはとってつけたような威圧感があった。さりげない言葉づかいで脅しているのだ。


 試されている……。


 援軍を断っても、依頼しても、おそらくこちらの責任……。

 ユウキはその決断を逡巡していると思われたくなかった。司令がこちらを試しているのは、『答え』ではない。決断するまでのスピードだ。

「カツライ司令。とりあえず、わたしひとりで何とかしてみます」

「頼むわぁ。これでも初陣なのよね。臨時で司令官を押し付けられたとは言っても、しょっぱながら土をつけたくはないわぁ」

「了解しました。でしたら、万が一、討ち漏らした時に備えて、軍用流動パルスレーンの高度で、援軍をスタンバイしておいてください。そこから下の高度は、司令にお任せします」

「了解。手配しておく」 

 そう言うと、ミサトは空中に指を這わせながら、出動要請の指示を出しはじめた。

「ユウキぃ、気ぃ、抜いちゃあ、いやよ。もし任務遂行に失敗したら……」

 ミサトはそこまで言ってから言いよどんだ。ユウキはミサトが司令官らしく、ことばを選んでいるのだろう、と推察した。

「そうね。失敗したら……。わたしはもうあなたを使わない。火星送りにする」

 ミサトが口元をわざといびつにひん曲げて残忍な笑みをつくるのが見えた。

「だから、しくじらないでね」

 ユウキは怖気立おぞけだつ思いに駆られた。この女司令官はほんの一呼吸置いただけで、これだけ恐喝じみたことばを吐くことができる人種なのだ。


 ユウキは急降下していた紫の機体がかなり離れた位置で、こちらの様子を伺っているように見える。先ほどの奇襲でかなり慎重になっているのだろう。ならばこちらから攻撃にうってでるべきだろうか。

 だが、今この瞬間から、この紫の機体一機の撃墜に執着することに、なんの価値があるのだろうか。もうそんなことにかまけている猶予などないのだ。


 任務遂行に失敗したら……。


 あれは皮肉でもジョークでもない。

 あの女司令官は、カツライ・ミサトは、それをためらわない人間だ。

 

 そのとき専用回線での網膜デバイスにクララの映像が飛び込んできた。

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