第176話 レイ、そこから輸送船の側壁を撃ち抜いて!

「クララ、落第よ!」

 セラ・ジュピターが輸送船の反対側に回りんだのを見てアスカが叫んだ。その声には晴れがましい響きがあった。まるで快哉じみている。

 セラ・ジュピターの機影は輸送船に隠れて見えなくなったが、アスカは『超流動斥力波』を急速噴射すると、一気にはるか上空にむけて舞いあがった。

「クララ、あんたボカぁ。護衛すべき輸送船を盾にしてるんじゃあ、減点でしょうがぁ」

 輸送船を上から完全に見おろせる位置までアスカは上昇した。セラ・ジュピターはすぐにこちらの姿に気づいた。

 アスカがレーザーソードを引き抜く。セラ・ジュピターもすばやく銃を構えた。

 アスカは輸送船の後部のハッチに近づいている『零号機』を目の端でとらえていた。

「レイ、そこから輸送船の側壁を撃ち抜いて!」

 レイは無駄口を返すことはなかった。銃を構えるやいなや一気に銃弾を余さず側壁に撃ち込んだ。輸送船の側壁は銃弾が貫通するほどやわな構造ではないのは承知している。だが予想外の場所から夜陰をさく銃撃音は、クララの注意をそらせるのには充分だった。

 セラ・ジュピターがあわてて輸送船から離れようとした。が、勢い余って機体のバランスを崩して、こちらに背中がむいた。無防備そのものという姿態。

「本当にバカね、クララ。あんたのセラ・ジュピターはこっちの世界の武器を無力化できるでしょうがぁ。逃げてどうすんのよ!!」

 アスカは盾を左手に掲げると、右手でレーザーソードを振りかぶって、セラ・ジュピターに斬りかかった。

「落ちなさいよね」

 そう叫んだ瞬間、ふっとアスカの頭のなかをかすかな疑念が横切った。

 なにかおかしい——。


 アスカは、興奮と怒りに駆られた自分の思考を、瞬時にしてニュートラルポジションに引き戻した。


 アスカ、あんたボカぁ。クララがあんな間抜けな姿を晒すわけないでしょ。

 だいたいクララのほうがあたしより空中戦は得意だったはず。アカデミーでの直接対決の成績は6対4で、クララのほうが勝っていた……。

 待って、セラ・ジュピターの武器はなんだった?……。


 アスカはハッとした。

 思い出した——。

 が、遅かった。その瞬間、足がぎゅんと力まかせに引っ張られるのを感じた。足にムチが巻き付いていた。

「は、興味がないから、すっかり忘れてたわよ、クララ」

 しくじったという慚愧ざんきの念が、喉元までせりあがってきたが、アスカはそれを無理やり押さえ込んで、悪態をついた。

 セラ・ジュピターが背中のウイングの『バーニアスラスタ』から、超流動斥力波を一気に吹き出させた。その瞬発力を利用して、ジュピターが手に持ったムチをおおきく振り回すのが見えたが、アスカにはなすすべがなかった。

 弐号機は空中で大きな弧を描くように振り回されはじめた。

 コックピット内のアスカはどっちが上でどっちが下かもわからないほど翻弄され、大声で悪態をつきまくったが、「あんたにいいようにされてるのは我慢ならないわ」と叫ぶなり、手に持ったビームソードで自分の機体の脚を大腿部からたたき落とした。

 機体が振り回される事態から解き放たれたが、ふいに中空に放り出されて、アスカはバランスもなにもとれないまま地上にむかって落下していった。

「あんたの始末をタケルに任されてるの。むざむざ落ちるわけにはいかないのよ」

 アスカは背中のウイングの全ノズルから、一気に超流動斥力波を吹かしあげた。


 が、そこをクララに狙い撃たれた。

 追い討ちをかけてきたセラ・ジュピターのビーム銃で、飛行装置のウイングの末端にあるノズル数基と姿勢安定装置を吹きとばされた。


 とたんに『弐号機』は片側だけの推進力のせいで姿勢制御不能となって、機体がくるくると錐揉み状態になりはじめた。

「やってくれたわね、このくそクララぁぁ」

 アスカは大声で罵声を浴びせたが、弐号機の回転はとまらず錐揉み状態のまま、かろうじて浮いている状態で、あらぬ方向へふらふらと飛んでいく。

 それに気づいたレイがモニタ映像のむこうから声をかけてきた。

「アスカ。どこへ行くの?」

「どこへ行くもなにもないわ。クララにまんまとやられたわよ」

 そこへヤマトの映像がわってはいってきた。

「アスカ、大丈夫か?」

「えぇ。今ンとこね。くるくる回ってるけど、なんとか飛んでるわ。実際に搭乗していたらゲロ吐いているところよ」

「わかった、アスカ。戦列から離れてくれ」


「いやよ、タケル。このまま引き下がれるわけないでしょ。あの女にはたっぷり嫌な思いをさせてやるわ」

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