第179話 人間が誰も乗っていない?

「なぜ、開きっぱなしなの?……」

 輸送機に近づいたレイは、輸送船の後部ハッチが開いていることに疑念を抱いた。

 マーズとジュピターが出撃したあと、後部ハッチは確かに閉じていた。アスカに頼まれて輸送船の側壁に銃弾を撃ち込んだときに見ている。

 だが、今、警護も用意されていないなかで、船内を無防備にさらしているというのはあまりにも不自然だ。しかもこんな高い高度で、後部カーゴが丸見えの状態というのは、なにかしらの意図が透けて見える。

 まさか、自分たちを内部におびき寄せようとする罠なのか……。


 だが、レイはあるひとつの答えに思いいたった。

 これは出撃した部隊を迎えいれるのでも、敵をおびき寄せるためでもない。


 この機からすぐに脱出できるようにするためだ。

 

 レイは慎重に近づくと後部ハッチの緑に手をかけた。ハッチの下方にぶらさがると、そのままゆっくりと頭をあげて内部を覗いた。迂闊うかつに覗き込めば、だれかに発見されるおそれがあったが、レイはその危険度については頓着とんちゃくしていなかった。内部にいるだれかが、ハッチを開けっ放しでいるということは、そこにいるのが誰であれ、余裕がないはずなのだ。

 内部の様子がカメラに映し出された。格納庫になっている後部カーゴはにはいたるところがあかりであふれていた。奥のほうで何人かが作業している影がみえる。

 レイはこの船に何人乗っているのかを調べるために、ヴァイタルをスキャンした。

 すぐに正面モニタに結果が表示したが、そこにある数字におもわず目を見張った


「0」


 人間が誰も乗っていない——。

 これだけ重要な品を運ぶのに、人間が一人も乗り合わせてないなどありえない。


「タケル、こちらレイ。輸送船のなかに生体反応がない」

「レイ、生体反応がないって、どういうことだ」とヤマトの声がふいに聞こえた。

「でも生体反応がないのに誰かが作業をしている」

 そのことばを聞いたヤマトの判断は俊敏だった。

「レイ、今すぐそいつらを叩きつぶせ。それが人だろうとアンドロイドだろうと構わない。」 

 レイはそのことばに従った。機体をひらりと翻して後部カーゴの甲板のうえに飛び乗る。ドーンという音が庫内に響いて、輸送機の機体が一瞬後方にぐっと傾いた。

 その騒音と揺れに、内部で作業している者が一勢にふりむいた。


 全部で四体。

 だが、それはぺらっとした質感の紙人形に見えた。まるで等身大の紙人形。顔の部分には目と口を思わせる黒い点がついているだけ、くにゃくにゃと曲がる腕の先には指のような形をした切れ込みがあるだけの、大雑肥な作りの人形だった。

「タケル、変な人形が四体。何か作業をしている」

「それは簡易型の『素体』だ。何者かが憑依ひょういしている!」

「なにをやってるの?」

「きまってる!。ぼくらを出し抜いて、データを先に盗んでいるんだ」

 レイはもう一度、足元にいる『襲撃者』の姿を見た。彼らはレイの出現に突然右往左往しはじめていた。そのなかの一体が床に転がっているものにつまずいて倒れた。

 

 その『素体』がつまずいたのは人間だった。

 三人の人間が積み重なるように倒れていた。

 つまずいて倒れた『素体』はすぐに起立したが、白かったからだは遺体の血にまみれてところどころ赤く染まっていた。

 

 誰も乗っていないわけではなかった。

 この紙人形のような連中のせいで、誰もいなくなっただけだ。


 私たちと同じ目的のために……。

 私たちよりスマートでないやり方で……。

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