第二章 第一節 四解文書争奪

第163話 この基地のなかに四解文書の一部を知っている者がいる

 ブライト・一条は疲れはてていた。

 合同葬儀から日も経っていないというのに、国際連邦軍本部から、プルートゥのコックピット・データレコーダーを輸送するようにと急がされ、その手配に奔走させられていたからだ。連日で打ち合わせが続き、今日も自分の部屋に戻ってきたときには、すでに日付をまたいでいた。

 ようやく戻ってきたブライトは部屋に入るなり、不思議な違和感があることに気づいたそれは一度体感したことがある既知の感覚。ブライトはあわてて部屋を見回した。

 おもわず息を飲む。

 部屋の片隅に龍冴馬がいた。


「幻影……なのか?」

 ブライトは思わず疑念を声にだした。

「ブライトさん。最後のご挨拶にきました」

「ばかな。アトンもプルートゥも死んだはずだ」

「残留思念です。あの時、プルートゥの体液を体中に浴びたでしょ?」

 ブライトはぎょっとして、今さらながら自分の体をまさぐってみた。

「心配ないですよ。すぐに消えます。その前にあなたにお礼をしたくてね……。

 ブライトさんは、カオリや父に最善をつくしてくれた……」

 まだ目の前のことが信じられない思いでいるブライトにリョウマが言った。


「どうしてあの日、亜獣アトンが予想とはちがう場所にあらわれたと思います?」

 思いがいけない問いかけだったが、ブライトは反射的に答えをかえした。

「エドの計算ミスが原因だ」

「いいえ。この基地の人間がわざとやったんです」

「そんなバカな!!。なぜそんなことをする!」

「そうしなければならない理由があったんです」

「なぜだ?」

「その人が『四解文書』の一節を知っていたから……」

 ブライトはふいに横っつらをぶん殴られたような気分に襲われた。

「ど。どういうことなーーー」

 それ以上ことばが続かなかった。声が咽の壁にへばりついて、音として外に出て行かない。ブライトは自分がみっともないほど狼狽うろたえていることがわかった。

「この基地のクルーのなかに四解文書の一部を知っている者がいる……。しかも複数の人間がね」

「そんな……そんなことが……」

「あるんですよ」

「誰だ、誰なんだ。それを知っているのは?」

「それは教えられない」

「頼む、リョウマ。おまえは私にお礼をしにきたと言ってたじゃないか」

 リョウマが苦笑した。

「ええ。でもお礼はそれじゃない」

「では、なんだ?」

 リョウマは手のひらを上にむけると、ふっと強く息を吹きかけた。キラキラとした光の粒子が煙のように広がって、ブライトの顔を包み込んだ。

「四解文書の一編を教えます……」

 ブライトの瞳孔が不自然なほど小刻みに、拡大、収縮を繰り返しはじめた。悪寒に襲われたように、からだががたがたと震えはじめた。その激しさのあまり立っていられず、その場にガクンと膝をついた。

「そんな……」

 そう漏らすなり、ブライトは四つんばいになって、頭を床にこすりつけるようにして、嘔吐えずいた。

「そんなこと——って」

 目がうつろになったままうわ言のようにもう一度繰り返した。

「その詩編を知っている者が、亜獣の位置を細工したんですよ」

「これは、何番だ……、何番目の一節なんだ……」

「さぁね。だけどすくなくとも最後の一節じゃない。ブライトさん、あなたは発狂していないでしょう」

「そんなこと……あるか。狂いだしそうだ」

「でもずっと知りたかったんでしょ」

 そう言ったリョウマの体がすっと透けはじめたのがわかった。

「リョウマ——、きさまぁ……」

「ブライトさん……。もうお別れだよ」

 リョウマが最後の挨拶をしてきたが、ブライトは強いことばでリョウマをののしった。

「なぜだ。なぜ教えた、リョウマ。なぜ私にんな残酷な事実を教えた!」

「それがあなたの望みだったでしょう」

「私が知りたかったのはこんなことでは……」

「でも、それこそが、四解文書の一節なんですよ」

 リョウマの体はもう輪郭部分を残すのみになっていた。リョウマがか細い声で言った。「ありがとう……」

 ブライトは膝をついてその場にへたり込んだまま、リョウマの姿があった空間にむかって叫んだ。その顔は苦悶にゆがんでいた。

「あぁ……、私はもう……戦えない……」


「リョウマ、きさまがこれを教えたせいで、わたしは……もう……おわりだ……」

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