第148話 これは男の子が女の子とした命懸けの指切りげんまんだ……
マンゲツが電磁パルスレーンの呪縛から放たれ、着地できたのは、アスカがプルートゥの腕で首をつかまれたのと同時だった。
「くそぅ」
ヤマトは矢も盾もたまらず、マンゲツのアクセルを踏みこんだ。が、マンゲツはダッシュで走り出すどころか、前につんのめり、そのまま膝をついて倒れ込んでしまった。
司令室からアルの声が聞こえた。
「タケル、無理だ。一度ドックへ戻ってこい」
「アル!。そんな、戻ってる暇なんかない!!」
「わりぃがな。おまけには武器もねぇーんだ。そんなんで戦えるわけねぇだろ」
「それでも何とかするのが、あんたの仕事だろ!!」
「無茶、言うんじゃねーよ」
ヤマトは急いでマンゲツの態勢をたて直した。だが、その操作に動きが追いつかない。よろよろと、しかも緩慢な動きをしながらマンゲツが起ち上がった。
「無茶しなきゃ、今度はセラ・ヴィーナスが亜獣になってしまうだろうが」
「心配すんな、タケル。そん時ゃ、こちらで遠隔操作してパイロットを強制排出する。問題ない」
アルが事もなげに言った。腐っていたら捨てる、と言いたげなニュアンスだった。だが、それは日頃からヤマト自身が言っている言い方だ。
ヤマトは自分自身に苛立った。つい語気がつよくなる。
「アル、今回だけはそうはいかない。なにがあっても助けるって、ボクはアスカと誓った。だから、ボクはそれを履行しなければならないんだ」
「ほう、タケル、めずらしいな。正義感にかられたのか」
ふだんのアルらしくない皮肉めいた口ぶりだった。
「正義感?。なにを今さら……。ただの指切りげんまんみたいなもんだ」
ヤマトがゆっくりとアクセルを踏みこむ。ふらつきながらマンゲツが、ゆっくり歩を進めはじた。
「ひとりの男の子が、ひとりの女の子とした、命懸けの指切りげんまんだ……」
「針千本……、飲めば済む問題じゃない」
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襟首をおさえつけられた!!。
アスカはその手を払おうと、右手をうしろに回した。だが、うしろ手で阻もうとしても、力の差は歴然だった。逆向きについているため、背中側が正面になるプルートゥの右腕は、なんの障害もなくセラ・ヴィーナスの首をつかんでいる。首根っこを押さえられては、動きを完全に封じられたも同然だった。
「さぁ、その腕をこちらによこしてくれ。アスカ」
先ほどまで物腰の柔らかだったはずの声には、鼻につくほどの邪鬼が感じられた。こちらの自由を奪ったことで、本性を現してきたとアスカは感じた。自分の記憶の中の兄の声には、どんな瞬間にも、そのような感情が含まれていたことなどなかったはずだ。
「腕さえ戻れば、ボクは助かるんだ!」
勝利宣言とも思える上擦った声。だが、その声にもうひとつの声がかぶさった。
【前へ!】
首のうしろをつかんでいるプルートゥの腕に、力がこもったのがわかった。首を掴みあげていた力は、前に押し出す強固な力に変わった。
【前へ足を踏みだせ】
首をうしろから押す力に耐えきれず、ヴィーナスが数歩前に進めた。性急な歩みに思わず足が乱れそうになる。アスカはブレーキを踏みつけた。だが、スカスカと抜けるような感覚だけで、まったく利いてくれようとしない。
『くっ。とめられない』
【前へ、もっと前へ】
さらに首筋に力が加わる。また数歩、セラ・ヴィーナスが歩を進める。すぐ目の前に、プルートゥがいた。
まだ雨がつよかったが、降りしきる雨に邪魔されてもコックピットの内部が、まる見えになる距離だった。
プルートゥと対峙したアスカは、操縦席に座っている兄、リョウマの姿を確認した。あいかわらず青い光を帯びたニューロンのような糸状の物質にとりかこまれていたがその真中にいるのは、まちがいなく兄、リョウマだった。
リョウマはアスカが自分を見ていることを確信しているようだった。
まるで妹にアピールするようかのように、満面の笑みを讃えて、そこに座っていた。
「ありがとう」
リョウマが口の動きだけでもそうわかるよう、大げさに口を開いてそう言った。それに被るようにして、もうひとつの声も聞こえてきた。
【もう一歩前へ……、自分の足で前に踏みだして……】
もうひとつの声がそう言った。
【そして、ボクを殺してくれ……】
【カオリ……】
その瞬間、アスカはその声の主が誰かわかった。
いや、最初からわかっていたはずだ。
自分の知っている兄は、自分が好きだった兄は、妹のためにどんなことでもいとわずやってくれる人だった。
けっして自分のために命乞いなどしない。けっして……。
アスカは腰に装着している槍をゆっくり引き抜くと、プルートゥのコックピットの開口部から奥底にむかって槍を突き立てた。
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