第149話 タケル、すこし時間をもらっていい?
それは実に人間っぽい反応だった。
まずプルートゥは自分に何が起きたのか、見きわめようと槍が刺さっている自分の胸をみた。驚いているような仕草だった。そのあと、突き刺さっている槍の柄を握りしめて、それをひき抜こうとした。が、それができるほどの力が腕になくなっていることに気づいて、 正面のセラ・ヴィーナスの方にゆっくりと顔をむけた。
アスカはプルートゥを正面から睨みつけながら槍をひきぬいた。
とたんに、コックピットの開口部から、血がどっと吹き出す。青い血が開口部の縁から流れおちていく。
アスカが突き出した光の槍は、背中まで貫通していた。背中の傷口からも噴水のように勢いよく青い血しぶきが吹き出していた。プルートゥは口元を歪め、低い呻き声をあげるなり、そのままよろよろと後ずさりし、崖に背中をあずけるようにして倒れこんだ。半開きのままになったゆがんだ口元からも青い血が滴りおちはじめる。
アスカの一撃はプルートゥの心臓を貫いた。とヤマトは確信した。まちがいなく致命傷だ。
「アスカ、よくやった」
アスカは首をうなだれたまま、返事をしようともしてこなかった。ヤマトは春日リンに話しかけた。
「リンさん、アスカがプルートゥを倒した」
「そのようね」
すこし浮かぬ顔でリンが答えた。モニタの向こうのリンは頭からずぶ濡れで、髪の毛は
ぺたりと頭にはりついていた。
「これだけ青い血が流れているっていうことは、プルートゥの心臓か、動脈が深刻な損傷を受けたってことね」
ヤマトはあいかわらず晴れない表情のリンに言った。
「プルートゥの心臓を貫いたのはまちがいない」
「そうね。私も同じ見解。でも亜獣プルートゥは……、もう一つ心臓を持ってる」
ヤマトははっとした。アスカの潔ぎよい行動に見とれて、大切なことを見落としていた。リンがうかない表情をしているのも道理だった。
迂潤にもほどがある。
ヤマトは自分への怒りを転稼するように、大きな声でアスカに言った。
「アスカ!。まだだ……。もう一つの心臓が残っている。それを突かないと、プルートゥが再生する可能性がある」
アスカがゆっくり顔をあげ、メインモニタの方に顔をむけた。
「もう一つの心臓ってなによ?」
アスカの顔に苦脳の表情が色濃く感じられた。ヤマトは一瞬、これ以上は無理させられないと判断しそうになった。だが、今、マンゲツが骨折で足を引きずりながら進んでいる状況では、アスカに最後までやってもらうしかなさそうだった 。
「コックピットの真中に、もう一つの心臓が残っている」
ヤマトは息をぐっと飲んだ。命じるほうにも覚悟のいる指示だ。
「リョウマがまだ鼓動を刻んでいる。それも止めないと復活する可能性がある」
それを聞き終えても、アスカは何も反応しようとしなかった。
ヤマトはこれ以上、追いつめられないと感じ、そのままアスカの返事を待った。やがて、アスカが目線をこちらにむけた。モニタ越しでは、その目に覚悟が宿ったかどうか、判断できなかった。
ヤマトはどんな返事でも、アスカに強要しまいと決めて、アスカを見つめた。
「タケル、すこし時間をもらっていい?」
「時間を?」
「兄さんに最後の拶挨をしたいの……」
ヤマトは腹を括っていたはずなのに、アスカの返事にほんのすこし動揺した。
だが、これは自分だけでは決められないことだ。ヤマトはブライトに許可をもらおうと、テレパス・ラインを起動した。が、その前にブライトの方から頭に返事がとびこんできた
「かまわない。ただし五分だけだ。リンがそれくらいの時間なら、復活はしないだろうと言っている」
アスカが弱々しい笑みを浮べて「ありがとう」と言うと、頭上からリアル・バーチャリティのゴーグルをひきおろすのが見えた。
「ゴーストを飛翔させます」
モニタにセラ・ヴィーナスの頭部分に格納されていた、羽虫のような「ゴースト照射装置」がふわっと飛びだすのが映った。ゴーストは点滅しながら雨の中を飛んでいくと、崖を背に座ったま身動きしない、プルートゥのコックピットの中へ吸い込まれていった。
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