第138話 今、自分の心に魔がさそうとしている
今、自分の心に魔がさそうとしている。
なんと蠱惑的な誘いなのだろうか。
別のデミリアンの腕を、もう一体の腕とつけかえる。
歴代のデミリアン担当責任者が試みることさえなかった挑戦だ。いや、そんな機会に恵まれなかったのだ。彼らの責任でも怠慢でもない。
それをやれる機会がはからずも巡ってきた自分の強運を誇るべきだ。
いや、はたしてそうなのだろうか。
つけ代る腕はもう同じ種族のデミリアンですらないのだ。亜獣の腕……なのだ。
「春日博士、どうする?」
ヤマトがモニタのむこうから決意に満ちた目を見せつけた。
ほんとうに嫌な子。
こんな時にわざとらしく『春日博士』などとかしこまって呼ぶ。
あの子の中では答えはとうにでている。でなければ、あとひと太刀しか振るえないという状況で、腕だけを切り落としたりしない。
だが、私もとっくに答えはでている。
ひとりの科学者としては亜獣の腕が、果して違う個体に癒着するのか、もしそれで修復できたとして、そのあとどんな反応や進化、あるいは悪いことが起こるのかを見てみたい。
だが、答えは『ノー』だ。
科学者個人の希望は、亜宙人管理局長という責任者の責務の前には一考に値しない。
新たなる亜獣を生みだす可能性、怪我をおったデミリアンを腕だけでなく、まるごと失う可能性。それらを鑑みれば、『イエス』と首肯できる余地など毛ほどもない。
「リンさん、片腕のデミリアンでは、光の剣に力を込められない!」
リンはヤマトが自分に追い込みをかけてきていると感じた。
「メイ、あたし、このセラ・ヴィーナス、降りるのいやよ!」
アスカがヤマトの思いを汲んだのだろう。決意をうながすように援護してくる。
えぇ、わかってる。私もヴィーナスをうしなうのは耐えられない。悲しい思いをするのは、セラ・プルートだけでたくさんだ。
「カオリ、でもその腕をつけたら、リョウマくんのように亜獣化するかもしれないのよ」 リンはわざと『カオリ』と昔の名前でアスカを呼んだ。
男に浮かれている愛弟子をきっちりとたしなめてあげなければならない。
「リンさん、早く。腕が使いものにならなくなる」
マンゲツが手に持ったプルートの腕を、これ見よがしに体の前につきだした。
ふと視線を感じて、リンは周りを見回した。司令部のクルーたちがみな、こちらを注視していた。どういう決断を下すか、かたずを飲んでいるというところだろうか。その中でもブライトはことさら心配そうな視線をむけていた。リンは一瞬自分を心配してくれているのか、と思い、ブライトの意見をあおごうと口を開きかけた。
いや、違う。この人はどちらの判断を下したとしても、支持するだろう。そして再度、念をおすはずだ。
何があっても、その決断を下した私に全責任があることを。
「各位!。判断は春日博士に任せて、みな、自分の持ち場に戻りなさい。まだ戦いは終わってないわよ」
突然、抗議の色を帯びて感じられる怒声が、頭の中に送りこまれてきた。
ヤシナ・ミライだった。彼女だけは、先ほどからのひりつくようなやりとりに目もくれず。ひとり黙々と自分の役割をこなしていたのだ。
まったくクソみたいに融通のきかない優秀な副司令官。
リンの腹は決った。自分もその役目をクソみたいと粛々とこなすのみだ。
「アスカ!。タケル君から腕を受けとって!」
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