第137話 助けて! 。あたし腕がなくなっちゃった
ヤマトはアスカの悲鳴を聞いた。それはまさに断末魔の叫びだった。
「アスカ!!」
呼びかけるヤマトの声も絶叫に近かった。
セラ・ヴィーナスには右腕がなかった。
右腕が肩口からまるごと消えさっていた。なんとか身体への直撃だけは回避していたが、アスカの反射神経でも前に突きだしていた右腕だけは、テラ粒子砲の軸線上から逃がれられなかった。
セラ・ヴィーナスの右腕は原子単位で瞬時に分解されて、消滅した 。
セラ・ヴィーナスが膝を折って、その場に崩れおちた。なくなった右腕を左腕でおさえながら、上半身をなんとか起こしてはいたが、今にも倒れそうなほど力なかった。
「うそでしょ……。あたしのヴィーナスが……」
アスカの返答は自分のことではなく愛機に注がれたものだった。
「アスカ、無事か」
ヤマトは気づかったが、司令部からもほぼ同事に同じ打診の声があり、声がハモって聞こえた。
「見てわかんないの!。無事じゃない!」
ヤマトはほっとした。
たった0・25秒だったとはいえ、気絶するか、場合によってはショック死してもおかしくないレベルの痛みを味わったはずだ。
これだけ悪態をつけるなら問題ない。
「メイ、助けて! 。あたし腕がなくなっちゃった」
「ア、アスカ。落ちついて。動揺しちゃだめ、怒ってもだめよ。あなたはまだそのデミリアンとつながってるの。気をつけて!」
ヤマトは春日リンの声色から、彼女自身もあきらかに動揺しているのをみてとったが、それでもアスカを落ちつかせることを第一優先している姿に感心した。
ヤマトはプルートゥがアッカムの砲台に手をあてて、青い光の力を送りこんでいることに気づいた。
すぐ目の前に両膝をついて身動きできないヴィーナスがいるというのに追撃する様子もない 。何をするつもりだ。
「ミライさん、あのアッカムの中の兵士たちのヴァイタル、どうなってるか教えて!」
そう言うなり、今度は春日リンに問うた。
「リンさん、プルートゥの腕をヴィーナスにつなげることは可能ですか?」
この問いにはリンより先にアスカが吠えた。
「タケル、あんた、ボカぁ!。あたし、そんなの絶対イヤ!」
「アスカ、これしか方法がない。君は腕を消失した。この世から消えうせたんだ。どうしようしもない」
「タケルくん、 あまり無茶を言って困らせないで!」
春日リンが非難めいた口調で言ってきた。
「リンさんはさっきみてたよね。プルートゥが腕を瞬く間に再建していくのを……」
「自分の腕でしょ。他者の腕なんて無理……」
「でも可能性はゼロじゃない」
「右腕は完全に亜獣化してるのを忘れたの?」
「だったら左腕をつけたらどうなんです?」
「右腕に左腕を?」
「骨と神経をすげ替えて、右と左を交換する技術は23世紀には確立した技術ですよね」
「それは人間の場合でしょ」 、
「じゃあ、リンさんが人類で初めて挑戦してみ てください」
その時、二人の言い合いに、割ってはいるようにメインモニタに困った表情をしたミライの顔 が映し出されていた。
「ヤマト中尉、ヴァイタルは何も計測されません。全員死んでます。それはあなたが一番よく知って——」
そこでミライのことばがつまった。
「うそ、動いてる。 あのなかで死人が動いてる。どういうことなの?」
「やっぱり、そうか。亜獣プルートゥは死人を遠隔操作できる能力がある。死人に基地内をかきまわされたのをすっかり忘れてた」
「どういうことなんですか?」
「もう一発、テラ粒子砲を撃ってくるってことです」
そう言うなり、ヤマトはプルートゥの方にむかってダッシュした。
アッカムの砲身の回りに素粒子の光が舞いはじめるのが見えた。砲口からオレンジ色の光が漏れでてみえる。あと数秒で発射されるタイミング。高周波が鼓膜を射る。
ヤマトはサムライソードの刀身に、力を送りこませた。この光が最後の一太刀。
膝をついたまま動けずにいるセラ・ヴィーナスのかたわらをすり抜ける。今は一顧だにしている余裕はない。
ヤマトは大きく剣をふりかぶった。だが、この瞬間ですら、ヤマトは迷っていた。プルートゥの命脈を絶つべきか、わずかな可能性のために腕だけを切り落とすべきか?。
自分には一太刀しか残されてない。
プルートゥが砲口をこちらにむけた。
「そんな重たいものを持てば、防御が犠牲になるリスクは考えなかったのか、リョウマ」
ヤマトは大きくジャンプすると、テラ粒子砲の砲身を蹴飛ばし、その勢いでさらに上空へ舞った。プルートゥはそれでも必死で砲身を上にむけようとした。
ヤマトは落下しながら剣を一閃した。
プルートゥの左の肩口から青い血が吹きだし、すぐのち、ドサッと腕が落ちた。片手をうしない支えられなくなり、アッカムの砲台がプルートゥの手元からすべり落ちる。ドスンという大きな地響きと同時に、プルートゥが悲鳴をあげた。
プルートゥの手から離れたアッカムの砲口から、たちまちテラ粒子のオレンジ色の光はうしなわれ、そのまま高周波も聞こえなくなっていった。
ヤマトはここで決着をつけるつもりだった。
最後の一太刀をふるった今、ヤマトの手に武器はなかったが、また亜空間に逃がすわけにはいかなかった。もしかしたら、からだが復活している可能性もある。
プルートゥは腕を切られた痛みと衝撃で、たたらを踏んで、うしろによろめいていた。マンゲツはアッカムの台座の上からジャンプすると、プルートゥの顔を蹴りあげた。プルートゥの顔面のプロテクタがいくつかはじけとぶ。防具がめくれた個所から、醜い素顔がのぞく。 いびつに歪んだ裂けた口、頬に走るケロイドのような痕。
その奥にある
ゴキン、という、きな臭い音が響いた。
よろめきながら脊髄反射的にふりまわしたプルートゥの右の剛腕が、マンゲツの左足を殴りつけた音だった。マンゲツは空中でバランスをうしない、地面に派手な音をたてて叩きつけられていた。
ヤマトはぐっと奥歯を噛みしめて、その痛みに耐えたが目に涙がにじむのはとめられなかった。が、0・25秒の痛みの洗礼がすぎさると、すぐさまヤマトはからだを起こして、次の攻撃にそなえて身構えた。
だが、身構えた先にプルートゥはいなかった。
「どこに行った?」
その問いにアスカが即座に答えをよこした。
「消えたわ」
「また逃げられたのか?」
「えぇ、そのようね」
ヤマトは安堵の吐息を吐き出すと、ゆっくりとたちあがった。だが、立ち上がるやいなや、そのその場に両手をついて倒れこんでしまった。左足に力が入らなかった。
『なんだ?』
サブモニタに春日リンがあらわれた。
「どうやら足の骨が折れたか、ヒビが入ったようね」
その口調には少々咎めるようなニュアンスがあった。ヤマトは反論しようかとも思ったが、それが現状を解決するわけでもないので、素直に対処法を尋ねることにした。
「リンさん、どうすればいい?」
「今、応救処置で足のプロテク夕を最大限まで硬化させたわ。ギプスみたいで歩きにくいと思うけど我慢して」
ヤマトはおぼつかない足取りで前に歩き出した。
「全力疾走は無理っぽいね」
「無茶しないで」
ヤマトはさきほどまでプルートゥがいた場所まで歩いていくと、地面に落ちているプルートゥの左腕を拾いあげた。持ちあげただけで指先がぷるぷると動いて反応した。まだ十二分に生体反応があるようだった。
ヤマトはプルートゥの腕を掲げると、春日リンにむかって訊いた。
「さぁ、リンさん、この腕、どうしましょうか?」
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