第121話 ということだよ、タケル

 ほんの数十メートル……。

 切り落とした砲身から放たれたテラ粒子ビームは、マンゲツの傍らをすり向け、数百メートル先に建っている高層ビルの上層階を瞬時に消失させた。

 死んでいたかもしれない。

 ヤマトの胃の中に超弩級の重しがズウンと落ちてきた。サスライガンに海の底に引きづりこまれなすすべもなかった、あの時の自分が想起させられた。 

 自分には道半ばにして死ぬという選択肢がないと言いきかせているのに、今、一瞬の油断で跡形もなく蒸発するところだったのだ。

「なーーんだょ。もうすこしで、こっちにこれたのに」

 隣であからさまに残念そうな顔をしたカミナアヤトが言った。

 ヤマトにはアヤトに答える余裕がなかった。からからに乾ききった咽に、むりやり唾を送りこむと、ヤマトは絞りだすように言った。

「アスカ、大丈夫か?」

 メインモニタにアスカがあらわれた。

「それはこっちの台詞。タケル、大丈夫なの?」

「ああ問題ない。とりあえず自走式テラ粒子砲『アッカム』を潰した。もう一基もすぐに排徐する」

 ヤマトはマップに目をやった。他のエリアから送られた援軍が迫ってきているのがわかった。急がねばならない。

 ヤマトは大股で走りだすと、低層ビルを飛びこえて、二基目のアッカムの元へ急いだ。もう一台のアッカムはすでに上空に向けて砲を構えていて、砲身からオレンジ色の光が漏れはじめるのが見えた。エネルギー充填が完了しようとしている証だ。

 ヤマトは力いっぱいアクセルを踏みつけた。

 アスカへの一撃は絶対に避けねばならない。しかも先ほどのように闇雲に切断しては砲があらぬ方向を向いて、テラ粒子ビームをぶち撤ける可能性がある。

 だが、砲撃寸前の今となっては、ヤマトには、選択の余地も、考慮の猶予もない。

 ヤマトはサムライソードを前に突き出すように、アッカムの方へとびこむと、そのまま車体の下部に光の剣を突き刺した。

 マンゲツは車体の下にからだを低く沈めたまま身動きしなかった。

 ヤマトはアッカムの反応を待った。

 アッカムは動かなかった。

 今まさに発射しようとしていたテラ粒子砲が火を吹くこともなければ、八本足の機動力を生かして、その場から逃げようともしなかった。

 二基目のアッカムは完全に沈黙していた。

 やがてデッドマンカウンターがパタパタと数字を三つ上乗せした。すくなくともその「3」という数字でカウントされる中に、砲撃手は含まれていたらしい。

「また味方を殺しまったよ。さすがミリオン・マーダラーだねぇ」

 脇からアヤトが嫌みっぽい口調で言う。

 ヤマトが大きく息を吐きだす。

 今はこの幻影の相手をしている場合ではない。

「アスカ、両方とも排除した。降りてきてかまわない」

「なによ、エラそーに。もう降下をはじめてる。約束の時間、三秒オーバーよ」

 ヤマトは目の前のメインモニタに映るアスカにむけて、手のひらをあげて、わかったよという意思表示をした。

「タケルくん、つれないねー。こんなに頭張ったのに、あんな言われようだ。もう戦うのやめたら?」

 アヤトはまだ嫌がらせを言うことを諦めていない。ヤマトはそれを無視した。

「司令部、このエリアに集まってきているズクも倒します。いいですね」

「アッカムは倒したんだ。できるなら、これ以上、味方に損害を与えんでほしい」

 モニタのむこうのブライトが手のひらを返したように、弱気になった。いや慎重になったというべきだろうか。自軍の兵士への攻撃をやめないので、やむなく倒したという言い訳が通用するのは、ここまでと考えたのだろう。

 これから以降の戦闘には『大善名分がない』という判断か。実にブライトらしい。

 ヤマトは心の底で苦笑いした。

 いやここまででもブライトにとっては、かなり綱渡り的な決断だったはずだ。よくぞ、これだけスピーディーに攻撃をあと押ししてくれたものだと、感謝すべきかもしれない。

 ヤマトはブライトの顔をたてることにした。

「了解。アスカが地上に降下しだい、極力、味方の軍との戦闘を避けるようにして、このエリアを脱出して、レイの援軍にむかいます」

「いや……、レイの援軍は不要だ」

 ヤマトの脳裏に驚きの感情が瞬いた。

「どうしてです?」

「画面を見てみろ。亜獣はレイひとりで勝手にやってしまっている」

 ヤマトはあわてて、メインモニタにレイの映像を呼びだした。画面のなかのセラ・サターンは、万布を使って古代の投槍器のようにしてナギナタの刃を、アトンの背中に叩きつけたところだった。その力強い打ち込みは、アトンの背中に刃が突き刺さる音が「ドン」と聞こえたような気がするほどだった。

 ヤマトは思わず目を見張った。

 その時、ヤマトの右隣でパーンとなにかが弾けるような音がした。

 カミナ・アヤトだった。

 アヤトの溶けかかっていた右半身が弾け飛んで、右の壁面に肉片を散らしていた。デッドマン・カウンターのパネルのところどころが赤く染まる。

「なんだ?」

 ヤマトが目をむけると、アヤトは残ったほうの左腕で、必死にヤマトの操縦席にしがみついていた。アヤトの口から血がごぼごぼと音をたてて血塊が吐き出される。

「あの野郎……」

 アヤトが口汚くののしることばを口にした。その恨めしそうな目は、正面のメインモニタに映るレイを睨みつけている。ヤマトはすぐに合点した。

「アヤト兄ぃ。そろそろ、あんたも終わりのようだね。宿主のアトンをレイが痛めつけてる。たぶん、あの子はひとりでも倒すと思うよ」

「だから、もうすぐお別れだ」

「は、そうはいくか」

 苦しそうに顔をゆがめながら、アヤトがヤマトに言った。


 ヤマトは空を仰ぎみた。はるか上空にいたアスカの機体セラ・ヴィーナスがなんとか目視できる高さまで降下してきていた。

 ヤマトは夜の闇がすこし白らんできていることに気づいた。日の出時間まではまだすこしあったが、あと一時間ほどすればすっかり朝の景色に変わってきているだろう。


「ヤマト。うしろ!」

 頭の中に大声が響いた。

 ヤマトは反射的に身をかがめたが、まにあわなかった。右側から強烈な打撃をくらい、マンゲツの巨体が宙に浮いていた。手元からサムライソードが滑り落ちる。マンゲツの身体は低層のビルや家を何棟かなぎ倒して、高層ビルの横っ腹に激突した。

 デッドマンカウンターがパタパタと音をたてはじめる。

 ヤマトは自分を攻撃してきた方向に目をやった。

 中空に右腕だけがぬっと突き出ていた。アヤトが口から血を垂らしながらも、したり顔をして言った。

「ということだよ、タケル」

 タケルはギリっと奥歯をかみしめ、その隙間から声をしぼりだした。


「リョウマぁぁぁぁ」

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