第122話 本能が『毒の実』を喰らえと訴えている
ブライトの鼓動が高なった。
戦場にプルートゥが出現した。倒すべき亜獣プルートゥだ。
だが、龍リョウマでもある。ついいっときまえに、自分の目前で『四解文書』の四つの秘密をあらいざらい告白しようとしたリョウマなのだ。
人類の命運を左右すると言われる四解文書の全容を知る、世界で二人目の人物。
もしそれを知ることができていたならば、あのとき草薙中佐が邪魔さえしなければ、自分が地球の運命を握る『魔法の杖』を手中にできたかもしれないのだ。
自分の中に葛藤する自分がいることに、ブライトは気づいた。
亜獣を殲滅すべしと命令を下す司令官の自分と、目の前にさしだされた『チャンス』という毒の実を喰うても、力を手に入れてやるという軍人の自分。
いまは……いまは、本能が『毒の実』を喰らえと訴えている。
ぎゅっとこぶしを握りしめた。
ブライトはさっと司令室内を見回した。司令室内にいるのは、三十人足らず。皆、出現したプルートゥの映像に見入っている。
国連軍日本支部のスタッフは千人近くいたが、軍務にあたっているのは整備管理部門の人々をいれても200〜300人くらいだろうか。つまり地球を救う最前線で活躍していると言っても、しょせんその程度の人数の長でしかないのだ。しかも、誰も敬遠している部署の長となれば、胸をはれるどころか、むしろ肩身が狭い。
ブライトは心の中で自分に問うた。
おまえはこの規模の器におさまる男なのか。いまの地位にのぼりつめたことで満足する男なのか。
ウルスラ大将とミサトの顔がふっとよぎる。
国連本部でうけた屈辱的な激励。国連事務総長のいじわるに歪む顔。毎度の出撃のたびのなぶるような洗礼。
もし、四解文書の秘密を知ることができれば一足飛びに彼ら、彼女らに、睨みをきかせられる立場になれるに違いない。屈辱を味わうのではなく、味あわせる方に回れるのだ。
ブライトの胸が高なった。自分がこの世を
腹は決まった。
ブライトは一度呟ばらいをすると言った。
「ヤマト、プルートゥを、亜獣プルートゥを処理することに専念しろ。そちらに向かってきている日本国防軍のズクはこちらで何とかする」
モニタのむこうで不安げな顔のヤマトが声をあげてた。
「ブライトさん。何とかするって……」
ブライトは皆まで言わせなかった。
「上空の軍事用流動パルス・レーンにアンドロイド機甲兵をスタンばらせている。そいつらに相手をさせる」
生意気盛りの若造ごときに、口を狭ませることなぞ許しはしない。
たった今、自分はただの国連軍の日本支部の司令官であることを選んだのだ。
心のなかで荒ぶる野心の手綱を、力の限り引いて、引いて、引き絞った上での決断だ。
「アンドロイド機甲兵を?。本当に?」
ヤマトから手回しのよさに感心している口ぶりのことばが漏れでた。
「そんなことはどうでもいい。ヤマト、おまえは自分の任務に専念しろ。こちらの世界の兵器なら、こちらの世界の兵器を使える。最大限、時間稼ぎしてやる」
「了解」
ヤマトがやけに歯切れのいい反応をしてきた。
ブライトはなんにも感じなかった。今、目の前で自分自身の人生でまちがいなく一番大きなチャンスを手放す決断を下したのだ。どんな嘆めも、賞賛でさえ無意味だ。
だが、その一方でホッとしている自分がいるのに気づいていた。
自分は今までマイナスになることを避けて、ここまでのぼりつめる人生を歩んできた男ではないか。だから、減点のなさで信用を勝ちえてきた男が、加点をしかも長大な加点をめざすなど信条にもとる。
しょせん、これまでの生き方を変えることなど、できはしないのだ。
ブライトはチラリと春日リンを見た。リンは手元のペーパー端末をのぞきこんで、何かに考えを集中していた。
春日リンに今の自分の心境を知られれば、一笑に付されるにちがいない。
『つまらない男』
そうやって生き抜いてきた男こそが、このブライト一条、いやその前に名乗っていた一条輝からの生き様なのだ。
胸を張れブライト・
ブライトが自分を鼓舞した。
「各員、アンドロイド兵および、遠隔操作による重戦機甲兵の投入準備にかかれ!」
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