第91話 あぁ、二十二世紀のアナクロ技術だ。でも今はこれがボクらの命綱だ

 襲撃者からの攻撃を逃れて、可変する入り口をくぐり抜けた先に通路が続いていた。

 通路は足元がやっとわかる程度の照明のせいで薄暗い上、通路内はなにか腐食しているような臭いがこもっていた。

 アスカはおもわず顔をしかめた。

 今まで嗅いだことのない臭い。あらゆるものが徹底的に無菌化され、衛生的で無臭なことがあたりまえとされているこの時代で、このような刺激臭は衝撃ですらあった。通常の生活をしていて出会う機会などめったにない。

 アスカは目をこらして通路の奥の方をのぞき見た。だが暗すぎて、この通路がどこまで続いているのか、どういう形状をしているのか、わからなかった。インフォグラシズを装着し損ねたことが悔まれる。暗視モードが使えれば、なんの苦もなく遠くまで見ることができたはずだ。

「行くよ」

 ヤマトが握りしめていた手をひっぱって、アスカに先を急ぐように促してきた。アスカはその手から目が離せなかった。せっかく非難通路に逃げ込んだというのに、ヤマトの手からは緊張感が解けていない。まだ、安心していいわけではないのだろうか。

 アスカはヤマトに促されるまま、歩きだした。まだ息があがっていたせいもあって、ヤマトも無理にスピードを速めようとはしなかった。

 百メートルほど奥まで進んだところで、「ガコーン」とくぐもった音が通路内に響いた。

 さきほど抜けてきた入り口のほうからだった。

 アスカは思わずうしろを振りむいた。

 もしかして、あのぶ厚い壁を破壊しようとしている……。

 おそろしい想像だった。

 ヤマトとレイが挟みうちにして、あれだけの銃弾を浴びせかけたのだ。どんな生物であっても絶命するか、深手を負うはずだ。だが、もしそれをものともせず、まだ自分たちを追ってきているとしたら、あれは兄、リョウマ……どころのものではない。

 すでに生物と呼べるものなのだろうか……。


 アスカはヤマトに声をかけた。

「タケル、どこまで行くつもり?」

「このまま出撃レーンまで向う」

「出撃レーン?。このフロアの五階も上じゃない。どうやっていくつもり?」

「あれを使う」

 ヤマトは通路の前方を指さした。アスカが目をむけると、十メートルほど奥に何やらゲートがしつらえられているのが見えた。アスカにはその距離でも暗くて見えなかった。

「あれってなによ?」

「超電動リニアリフト」

「冗談でしょお。そんな大昔の動力って……」

「あぁ、二十二世紀のアナクロ技術だ」

 ヤマトが見あげた先には、通路の天井に沿って敷設されたレールが、奥の方まで続いていた。レールは均等に四列、そこからはつり革に似たハンドルがぶら下がっている。

 ヤマトはそのハンドルの下にあるテーブルに歩み寄った。テーブルには大仰な装飾がほどこされた幅広のベルトが置かれていた。ヤマトは無雑作にその中のひとつをひっ掴むとアスカに手渡しながら言った。

「でも今はそれでも、これがボクらの命綱だ」

 ベルトは埃まみれでわずかばかりべたついていた。

「なによぉ、これ、なんかベタベタする」

「我慢して、腰に巻いて」

 そう言いながら、ヤマトが馴れた手つきでベルトを巻きながら「このベルトが床の電磁石と反発して、からだを浮遊させるんだ」と言った。 

 アスカは一瞬、苛立ちを感じたが素直に従うことにした。今まさに敵が、明らかにリョウマではない何かが、襲いかかってくるかもしれないのだ。だが、ベルトを腰に回した時、

バックルの留め具の部分が、今まで目にしたこともない作りであることに気づいた。

 思わず手がとまった。

 これ何よぉ?。自動で装着できないの?。

 バックル部分からとびだしている二本の爪をいくつもあいている穴に通すことで固定するのだと想像できたが、それをどうしていいのかわらなかった。隣をみるとヤマトは、すでに腰にベルトを装着し終えて、スイッチを入れたところだった。スイッチが入るとすぐに、ヤマトの腰がぐっと持ちあがり、体が浮びあがった。ヤマトが天井からぶらさがっているハンドルに手をかける。

「アスカ、急いで」

 アスカはヤマトにそう言われることがわかっていたが、この前時代的な造りのベルトをうまく着けられず苛立っていた。アスカは手助けを求めるように、ヤマトの方を見た。

 ヤマトがふいに背後をふりかえった。

 そのしぐさに驚いたアスカは、思わず手からベルトがすべり落としてしまった。通路内にガタンという鋭い金属音が響く。

 インフォグランズを身につけているヤマトはこの暗がりの中でも、通路内の様子が見えているはずだ。その視線の先に何があるかわからなかったが、ヤマトの神経をとぎすませるような態度からはただならないことが迫っていると感じさせた。

「ごめんなさい」

 アスカはひと言詫びると、ベルトを拾いあげようとかがみこんで、手をのばした。その時、自分のからだの上に、何か大きな影がおおいかぶさっていることに気づいた。

 

 屈みこんだ自分の足元のうしろのほうに、誰かの足があることも。

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