第2話 ボクがしくじったら、ふつうに人類全滅でしょう

 最初の一撃は今から78年前……

 どこからか突如現われた怪物は、一日足らずでシドニーの半分を壊滅させた。

 なんの前触れも予兆もなかった。

 亜空間から出現したとしか考えられないその怪物は『亜獣』と名づけられ、世界中の人々を恐怖に陥れた。亜獣はいつどこから現れるかが予測不能で、いったん出現すると街をことごとく破壊し、数万人もの犠牲者をうみだした。

 人類は『国際連邦軍』を組織し対抗したが、あらゆる兵器が『亜獣』には無力だった。

 核兵器はもちろん、2250年にノーベル賞に輝いた『ポジトロン・レーザー素粒子』でも、その50年後発見され、国際条例で使用が禁止されたほど強力な『反動パルス・ニホニウム爆弾』でもまったく歯が立たなかった。

 25世紀の最先端科学をもってもなす術がないこの怪物に、国際的な研究機関は『この生体は地球上のあらゆる物体で触れることができない。そこに存在するようにみえても、目には見えない薄いベールのようなもので被われ、本体はこの次元とは異なる別の空間にある』と結論づけた。


 だが、人類はこの未曾有の脅威に対抗する手段を、どこからか手に入れた。

 それは亜獣をつつむベールを引き裂き、亜空間のむこうに力を及ぼすことができる能力をもつ謎の生命体。

 その生命体は誰が、いつ、どこで、どのようにして、手にしたものか、出自はまったく不明だった。だが、その生命体だけが怪物に対抗しうる唯一の方法だった。

 人類は安堵した。

 その正体がなんであったとしても、怪物を撃退できる武器を手に入れられた、と。 

 その謎の生命体は、亜空間にまで影響を与えられる宇宙人の意味で、『亜宙人 =デミリアン』と呼称された。



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 ヤマトタケルはスカイモービルからあわたただしく降りたつやいなや、すぐに駆け出した。基地内には高速移動装置が何種類か用意されていたが、ヤマトはいつも走ることにしていた。自分の身体を動かすことが搭乗前のウォーミングアップになる、と、今は亡き先輩たちに教えられたそれが、いまやすっかりルーティンになっていた。

 目の前にサッカーボール大の光る球体が飛び出してきた。

「ヤマト、ヤマト、遅い、遅い」

 その球体はヤマトの走るスピードに併せて転がりながら、ヤマトに声をかけてくる。

「シロ」

『ブライト、怒ってるヨ』

「だと思ったよ」

 突然、眼前にインフォグラシズから網膜に照射された映像が投影された。

 司令官のブライト中将の姿だった。

 成績優秀なだけでなく、名門、一条家の血筋をひいていることで、目を見張るスピード出世をしてきたという細面の司令官。生れも育ちも良いせいか、顔に険のようなものがなく、ある種の気品も兼ね備えている。上からの覚えがめでたいだけでなく、部下たち、特に女性からは人気が高いらしい。

 そう巷間で囁かれていたが、ヤマトはそう評価していなかった。彼にとってはブライトは高圧的で前時代的な大人、名門の血筋をひいているだけの、ただの無能な上司に過ぎなかった。とくに決断力の弱さ、遅さは、指揮官としては致命的だった。

 おかげで、ヤマトはなんどかピンチに見舞われたことだろうか……。


「ヤマト、遅いぞ」

「ブライトさん。一応、空飛んできたんだけどね」

 ヤマトが走り歩きをしながら、受け答えする。シロと呼ばれた球体のAIが合いの手をいれながら、彼のうしろから光りながらついていく。

『ヤマト、トンだ、トンだ』

「すでに、仙台駅近くまで迫っている」

「あー、やっぱり足止めは無理だったね」

「残念だがな」

「マンゲツはスタンバイOK?」

「マンゲツの生体状況、装備は万全との報告はあがっている。それに……」

「亜獣の情報も現在分析中だ」

 動く歩道上を走りながら、ヤマトは上着を通路の途中に脱ぎ捨てていった。

「で、アルやエド、リンさんは?」

「出撃レーンに向わせた。直接、おまえに伝えたいそうだ」

「直接?。珍しいね。今日はなんかの記念日だったっけ」

「おそらく、前回の出撃の件を気にかけてるんだろう……」


 ヤマトの脳裏に前回の戦いが一瞬よぎる。

 その時ヤマトはコックピットのシートに体を静めたまま、意識もうろうとしていた。目の前にはホログラフで空中に投影された司令室の映像。自分を呼ぶ声がずっと聞こえている。神経回路を直結する、ナーブセンサーの整備ミスと体調不良が重なり、気絶寸前にまで追い込まれた前回のほろ苦い勝利。

 各担当の責任者たちは、それなりに責任を感じているのだろう。

 だが、いまさらどうでもいい話しだ。


 ヤマトは「出撃レーン」と表示された場所の入り口にたどり着くと、脇に準備されていた戦闘服を手に取った。各所にプロテクターやセンサーがほどこされてゴテゴテした印象を受けるが、見た目から想像つかないほど伸縮性にすぐれている。ヤマトはゆっくりと歩きながら、服を着はじめた。

 ひととおり服を身に着けたところで、ヤマトはレーンの終端になる一角で白衣を着た男と、作業服の男の2人が待っているのに気づいた。ヤマトには顔を見るまでもなくそのシルエットだけで二人が誰かわかった。背が高くてガタイがよいアルと、背の低い白衣のエドの二人組の凸凹コンビは所内でも有名だ。

 アルとエド。

 戦闘装備の責任者と、亜獣対策の責任者。


 ヤマトは歩みを緩めながら、背の高い作業服の男に声をかけた。

「アル、コックピットの整備は万全?」

「当たり前だ、ヤマト」

 アルと呼ばれた男は、上背こそあるが身体はあまりに細身のため、厚みのある作業服がだぶついて、着せられている感が否めなかった。肩のラインが盛り上がって見えるため、遠目にはちょっとした甲冑でも装着しているかのようだ。ズボンの裾から覗くくるぶしをみると、服の下は見た目よりさらに細いのかもしれない。意外に大食漢であることを知っているヤマトからすると、あれだけ食べて太れないことのほうが不思議でならない。

「アル、前回、危うくボクが失神しそうになった『ナーヴセンサー』の調整は済んだ?」

「あぁ。あンときゃあ、済まなかったな」

「だが、今回は、一定以上の刺激が加わったら、瞬時に神経回路を遮断できるようプログラムの精度を高めといたよ」

「瞬時って、何秒?」

「すまん、0・3秒だ」

 ヤマトにはわかっていた。いつだって自分の要望を満額回答されたことはない。

「は、痛みが伝わる速度は0・05秒。確実に痛いよね」

「悪いな。これ以上速く遮断しては通常の微妙な操作に……」

「わかった。男の子だ、我慢する」

 ヤマトはアルのいくぶん謙遜したような言い回しには、いつも辟易とさせられていた。いつも枕詞のように謝意を口にする。彼のメカニックとしての腕にはそれなりには信頼をよせているだけに、その物言いにはイラッとさせられた。特に出撃を急いでいる今のような時は。

 そういう時はこちらから会話を切りあげるのが最善の策とヤマトは心得ていた。ヤマトはその横で神経質そうにメガネの中央を指でおさえている白衣の男に注意を移した。


「エド、亜獣の情報」

「あぁ、ヤマト君、現在まででわかっている情報を伝える」

 エドは下からヤマトの顔をのぞき込むようにして口をひらいた。

「出現順位ナンバー98。身長約30メートル、体長60メートル、二足歩行、恐竜型のいわゆる『ゴジラ』タイプ」

 ヤマトはエドとの会話が苦手だった。エドの身長が150cmにも満たない短躯であるのは理解していたが、こうやって下から覗きこまれるといい気はしない。メガネ越しに覗いてくるせいなのか、エドには妙な威圧感があり、なにかを見透かされそうに感じさせられた。近視や乱視が根絶されているこの時代において、このメガネは彼のコンプレックスを隠すための、一種のプロテクターのようなものでしかない。だが、思いのほか自分をおおきく見せるのに成功している。

 しかし、そのせいで部下たちから距離を置かれているとも聞いたが、エドにとってはどうでも良いことなのだろう。

 エドが続ける。

「名前をサスライガンと名付けた」

「首が3本あり、それぞれ独立した動きをしている点で、52年前に出現したナンバー28のブライガンの同種と思われる」

『首が3本?。キングギドラじゃねーの』

 ヤマトは怪訝な表情を隠そうともせずに呟いてみせるが、エドはまったく気にすることもなく、眼前に投影されているデータ表を見ながらたんたんと話しを続けていく。

「スキャンデータから推測すると、前回、ヤマト君が苦戦したナンバー97のゴルドライタみたいに、火の玉を吐きだすことはなさそうだ」

「武器がない?」

「いや、尻尾の破壊力はいままでにないほどに強力だ」

「こちらの世界への出現限界時間はどれくらい?」

「おそらく4時間。あと2時間はこちらの世界で暴れる可能性が高い」

「ぶっ倒す時間は充分ってことだね。で、弱点は?」

「いや、今のところまだ解析が…………」

 エドがメガネの弦をいじりながら顔を伏せる。今度は都合の悪いことをごまかすための防具としても有用に使っている。

 黙り込みそうになったエドに救いの手でもあるように、女性の声が割り込んできた。


「タケル君。油断して、またマンゲツに怪我させないでね」

 ヤマトが声のほうへ顔をむけると、白衣の女性が指でつまんだシート型端末をぷらぷらと振ってこちらにアピールしている姿が目にはいってきた。

「リンさん」

 女性はこころもち口元を緩めると、ハイヒールの音を高らかに響かせながらヤマトたちのほうへ近づいてきた。

「あなたは気絶しかかっただけだけど、マンゲツは腕折られたんだから」

「修復は大変だったのよ」

 春日鈴かすが・リン博士ーー

 ヤマトは、彼女の年齢を知らなかったが、毎回やりとりするモニタ越しの会話の時には、ティーンエイジャーのようなあどけなさを感じるときがあった。しかし、今、手が届くほどの距離まで近づいてきた彼女をまじまじと見ると、匂いたつような大人の色気に気圧される。16歳の自分には歳云々よりも、一種の求道者でもある研究者が、どのような人生を歩めば、そういう雰囲気をまとわせることができるようになるのかに興味が湧いた。しかも、人間というものに驚くほど関心や敬意をもたず、交友関係もさほど広いとも思えないのに、人生を二周回ってきたかのようにやることに迷いがないのであればなおさらだ。

「了解…………。今度は気をつけるよ」

「あの子が死んだりしたら、私のそれまで積みあげてきた研究成果が台無しよ」

「またぁ」

「リンさん、あいつが死んだら……」

「ふつうに人類全滅でしょうに……」

「ま、まぁね……」


 そう言いながらリンがふりむいた先、そしてヤマトがむかう正面の壁に、それはいた。

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