いつか日本人(ぼく)が地球を救う 〜亜宙戦記デミリアン〜

多比良栄一

第一章 第一節 100万人殺しの少年

第1話 ミリオンマーダラー(100万人殺し)って、まだ95万人なんだけどね

『二十一世紀の日本人たち、すべておまえらのせいだ』


 ヤマトタケルは車窓から、シブヤのスクランブル交差点を見下ろしながらそう思った。


『やつらは男も女も、二次元のキャラクターに恋して、本物の恋愛から逃避した……』


 眼下の交差点では、数十人もの警察官が歩行者たちを制止しているのが見えた。どうもみな手こずっているようだった。

「草薙大佐……。ずいぶん時間が経つけど……」

 ヤマトは隣の席に着座したまま、警察官たちの動きに厳しい目をむけている女性に声をかけた。文句を言われた草薙素子くさなぎ・もとこ大佐はうんざりとした目をヤマトにむけた。


「タケル君。キミがスクランブル交差点を渡りたいなんて、無茶を言うからでしょ」

 草薙素子……。

 彼女の整った顔立ちはとても軍人だとは思えないほど美しい。誰もがそう思うはずだ。瞳を見つめるまでは……。

 彼女の目には温度がない。どんなに柔和な笑顔をむけられても、気を抜くことができない鋭い目つき。軍人として人の生き死にを『見飽き』た……。

 そんな目をしている。


「そろそろ、降下するわよ」


 ヤマトは下降しはじめた車の窓にうっすらと映りこんだ自分の顔を見つめた。

 本物の日本人っぽくない。

 生まれてきた時から、あらゆる人にそう言われつづけてきた。吊り目でも、団子鼻でもなく、比較的整った顔立ちなのが気に入らないのだろう。うしろに髪の毛をひっつめてポニーテールにしているのも、嫌悪の対象になっている。

 侍をきどるな、ということらしい。

 

 地上で交通整理にあたっていた警察官たちが、手にしたソフトボール大の丸い機器を、自分の胸の位置あたりに浮かせだしたのが見えた。ボールの横から両方向へ封鎖線を思わせる黄色い帯状のビームが放たれる。ビームは5メートル間隔の隣のボールと連携するようにしてつながり、あたりを囲みはじめる。


 シブヤは二回の関東大震災と、第三次世界戦争の影響で、一時期ひとの流れが途絶えていたが、『スクランブル交差点』が世界遺産になってから人気が再燃した。

 今では、形や色、質感を自在に変えられる『ヴァーサタイル・ガラス』で全面覆われた高層ビルや、空中に浮かぶ『フライスルー・ショップ』、念じるだけで自動で目的地まで人々を運ぶ『コンベア・ロード』など最先端の街にすっかり生れ変わっていた。空飛ぶ車、スカイモービルのための、空の道路『流動電磁パルス・レーン』も、上空に縦横無尽に通じているのが見える。


 車が空から降下しはじめると、人々がこちらに注目しはじめた。この場所は『テロリズム防止条約』で、スカイモービル進入禁止地域なのだから当然だ。禁止空域を飛んでいいのは、公用車か軍関係の車……、つまり『VIP』だけなのだ。人々の耳目を集めるのは仕方がない。

 車が交差点の手前10メートルほどの位置に音もなく『着車』する。

 ドアが一斉に開くと、草薙大佐を先頭に、兵士たちが銃を構えながら降りたった。頭からバイザーと同化したヘルメットを被り、完全武装で一部の隙もないものものしい装備。手に持ったマルチプル銃は、高性能かつ強力な殺傷能力をもつ。もちろん、いつでも撃てるように安全装置ははずされているはずだ。

 ヤマトは草薙に促され、ゆっくりと地面に足を降ろした。どこからか、おーっという感嘆の声があがった。おそらく、やじ馬たちはどんな人物がこれだけの警護に値する人物なのかという興味に、心奪われているに違いない。 

 下車してきたヤマトタケルを取り囲むようにして、すぐに兵士たちは陣形を組んだ。ヤマトの正面に位置取りしている草薙が、こめかみに指を押し当てて、体内に埋め込まれた『テレパス・ライン』と呼ばれる通信装置に話しかける。

「あたりは全部封鎖した?」

 ヤマトが草薙の肩越しに交差点のほうを見ると、黄色い規制線のビームは百メートル以上先、かつて『センター街』と呼ばれていた場所まで伸びていて、その近くには数十人もの警察官、警察ロボットたちが配置されていた。


 責任者とおぼしき警察官が近寄ってきた。

「こちらの準備は整いました」

 草薙がヘルメットを被ったまま首肯した。

 その警察官は敬礼をすると、去り際に軍人たちの中心にいるヤマトに目をむけた。その視線は怒気を含んでいて、睨みつけているようにしか見えない。その警察官はヤマトと目があうと、嫌悪感を隠そうともせず、「チッ」とあからさまに舌打ちをした。

 ヤマトはその警察官のうしろ姿をぼんやりとした視線で追った。

 すると警備をしている警察官全員がこちらを見ていた。さきほどの警察官同様、警護対象者の自分に対して敵意むきだしの視線が向けられていた。

「彼らの視線が気になる?」

 草薙がヤマトに声をかけた。

「まさか」

 草薙が手を大きく振って、どこかへむかって合図した。

「じゃあ、いくわよ」

 歩きはじめたヤマトタケルの周りを武装兵たちが取り囲む。どこから狙われても対処できるように四人が四方向に銃をむけて、ヤマトにからだをくっつけたままゆっくりと、スクランブル交差点へ歩をすすめていく。


『自分の時間が欲しいから、お金がかかるから……。そんなご立派な理由で、親になれたのに、なろうとしなかったヤツラ。そして……出産や子育てを支援する政策をなおざりにして、人口減少になんの手も打たなかった政治家や官僚ども……』


『そう。すべて、西暦2000年頃……、今から450年前の日本人全員の責任……』











 『2470年、ボクは地球上で最後の日本人になった……』


 









 兵士に守られながらスカイモービルからでてきた少年を見て、規制ビームのむこうに追いやられたやじ馬たちが、なにごとかとざわめきはじめていた。警官たちの隙間から顔を覗かせていた黒人系の青年二人組の一人がヤマトにいち早く気づいた。

 彼らの網膜には自動照合されたヤマトのデータがうつしだされていた。

「おい、あいつ、ヤマトタケルだ」

「まさか。日本人のDNAを99・9%保持しているっていう最後の純血の日本人ネイティブ・ジャパニーズか……」

「あぁ、『スリーナイン』だ」

「あいつが……」

 彼が息を飲むと同時に、うしろのほうの群衆の一人から叫び声があがった。

「オレの母親は、あいつに殺された……」

 イタリア系の中年男性だった。その隣にいたヒスパニック系の中年女性が声を荒げる。

「わたしは娘を殺され、家を潰されたわ」

「オレは会社を壊滅させられて、破産した……」

 次第にそれらの声が大きく広がりはじめる。ある者は口角から唾を飛ばして、ある者は怒りの拳を突きあげながら、ある者は目を充血させ涙あふれさせるままに……。人々は手にしたボトルや缶をヤマトたちのほうへ投げつける。警察官が張った規制ビームの壁に跳ね返されて届かない、と知っていても、その行動を止めることはできなかった。

 一瞬にしてシブヤのスクランブル交差点は、悲鳴にも似た怒号、怨嗟に満ちた叫びに埋めつくされていた。

 草薙がこめかみを押さえながら、体内通信装置に声を張りあげた。

「音声ジャミングの出力弱いぞ、どうなってる?。まわりの音声がこっちに届いている」

「いいよ、草薙大佐……」

「慣れっこだ」

 ヤマトは自分に罵詈雑言を浴びせている群衆のほうに目をむけた。彼らの発している声がわずかにしか届かないためなのか、彼らの動きはどこかスローモーションみたいに見え、なにかのパフォーマンスのように感じられる。

 その時、ヤマトの耳にひときわ大きな怒号が聞こえた。

「ミリオン・マーダラー(100万人殺し)!!」

 ヤマトは声の聞こえたほうに笑顔を向けると大げさに手を振った。

『まったく……気が早いったらない……。まだ95万人……なんだけどね』



『全員、足をとめて!』

 交差点の中腹まで来た時、突然、ヤマトの頭の中に、草薙大佐の声がとびこんできた。ヤマトを含めて全員がぴたりと足をとめた。先頭を歩いている草薙はその場に足をとめたまま、通信を受けている。ヤマトは自分の真うしろを警護していた兵士のほうを見た。彼は残念そうに肩をすくめただけだったが、伝えようとすることはすぐにわかった。

 残念だったな。今日はここまでだ……ということだ。

 草薙が顔をあげると、ヤマトのほうへ顔をむけた。ヤマトは先に口を開いた。

「出撃……だよね」

「宮崎県沖で捕捉された亜獣が……」

「行きたくない」

 即答したヤマトの態度に、草薙の顔色が曇った。


「あそこは、もう……日本じゃない」


 そう、あそこは太平洋進出を狙っていた『かの国』に、250年ほど前に攻められ占領されたのだ。大震災からの復興中を狙われたとはいえ、人口が半減した日本人では守り切れなかった……。


 2237年……『にいさんなぶられ、九州占領』

 そう日本史の授業で憶えさせられた。


 草薙が不機嫌さを隠そうともせず厳しい口調で続けた。

「宮崎県沖で捕捉したはずの亜獣が、今さっき仙台市に上陸したの!」

「仙台に?」

「すでに日本国防軍の大隊が足止めにあたってるわ」

「通常兵器で?。一個旅団くらい投入しないと、足止めだってできやしない」

「無茶言わない。市街地が近いのよ」

「で、どれくらい持つのさ?」

「一時間は踏ん張ってもらうつもり」

「草薙大佐、ずいぶん楽観的な……」

「だから急ぐの!」


 空を見あげると、上空で待機していたスカイモービルが、ゆっくりと降りてきているのが見えた。ついさっき降り立ったばかりだ。リアシートにはまだ自分の温もりが残っているだろう。

 ヤマトはとても不快な気分になった。


『人気のスイーツ店に『イチゴンゴーラ』食べにきただけなのになぁ……』

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