第3話 最後の一節を知れば世界全人類は「発狂」する

 それはロボット、機械と呼ぶにはあまりにも肉感的な部位がむきだしで、生物そのものを隠そうともしていないかった。

 はじめて見るものは、誰もが必ず一瞬息を呑む。見てはいけないものを自分は見ているのではないか、今、ここで見ているものは現実のものではないのではないか……。そういう錯覚すら覚えるほど25世紀には似つかわしくない生体。

 40メートル近い巨体を下から見あげるため、それの顔ははっきりと見ることが難しものの、それでもそこに異形の禍々まがまがしさをかいま見ることができた。

 顔のフォルムはまさに髑髏どくろそのもの。しかし肉や皮膚が醜くへばりついているため、ほとんどの人は数百年前から描き続けられた邪悪な魔王の姿を思い浮かべずにはいられないだろう。しかし、その異形の姿をさらに不気味に見せているのは、その身体につけられた、おびただしいまでの装飾だ。それは本来は戦うための防具のような装備なのだが、おぞましい姿を中途半端におおうことで、むしろ、その違和感を増幅している。頭を覆う兜は戦国武将のような立派な「前立まえだて」がしつらえられ、その中心には、名前を体現するかのように「満月」に見たてたとおぼしき大きな円形の装飾がある。身体には、武将の甲冑のように堅牢堅固でありながら、僧侶の法衣を想起させる荘厳華麗そうごんかれいな装備が、まるで花魁おいらんのごとく絢爛豪華けんらんごうかな色みでいろどられていた。

 その生々しさと現実感のなさは、天国の花畑で異形の悪魔がたわむれているのを見ているような、そんな違和感を与える。

 通称『マンゲツ』ーーー

 そう呼ばれるデミリアンにむかって、ヤマトが大声をあげた。

「マンゲツ!。2ヶ月ぶりの出撃だ!」

「どうだ。嬉しいだろ」

 マンゲツの落ちくぼんだ眼窩の奥で切れ長の目がうっすらと開く。爬虫類のまぶた『瞬膜』に似たものが目を一瞬白濁させ、まばたきをしたかと思うと、むき出しの歯が並ぶ顎をいびつにゆがませた。

 それは、明らかに、ヤマトの言葉に反応したとしか思えない反応だった。

 おそらくそれが、それにとっての「笑み」なのだろう。

「は、笑ってやがる」

「おまえなんか、この世の終わりまでどこかをさまよっていたらよかったんだよ」

 ヤマトは昇降機の上に乗ると、手元の上昇ボタンを押した。昇降機は少しだけブルッと揺れたかと思うと、音も立てずに上へ持ちあがりはじめた。ゆっくりと昇降機が高さをあげていくにつれ、マンゲツの顔がどんどん近づいてくる。

 ウィーンという高音と共に、マンゲツの被るヘルメットの上や横から、同時にいくつものプロテクターが動きだし、マンゲツの顔をおおいはじめた。まるで気味の悪い顔を隠すかのように、ある部分は幾層にも積み重なり、ある部分では申し訳ていどに、所定の位置におさまっていく。と同時に、マンゲツの胸の位置に取りつけられたコックピットのハッチが、両側に開きはじめていく。中から漏れでた淡い光がその内部を垣間見せはじめた。

 およそ洗練されているとは言いがたい武骨な機器がごっちゃりと詰めこまれている小さな空間。操縦席は一人が搭乗できるギリギリの高さと奥行きしかない。

 昇降機がマンゲツの胸の部分で止まる。

 ヤマトはハッチに手をかけて、コックピット内に半身乗り入れながら、ふと思いだしたようにふりむくと、下から見あげているクルーに声をかけた。

「じゃあ、アル、エド、リンさん、サポートよろしく」

 下から三人三様の返事が聞こえてきたが、それを聞くまもなく、すぐにコックピット内に目をむけるヤマト。だが、目の前にいつの間にかライブ映像が投影されており、ブライト司令官がこちらを睨みつけていることに気づいて、あわてて付け加えた。

「あ、ブライトさんも」

 モニタ映像のむこうで、ついでに呼ばれたブライトが苦虫をかみつぶしたような表情をしているのがみてとれた。


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 八冉未来やしなみらいはついにきた実戦本番に、どうしても興奮と緊張が抑えきれなかった。

 希望してやまなかった国連軍の仕事、それも最前線の日本支部の副司令官を拝命して、一カ月あまり。当初は、ブライト司令官の秘書まがいの仕事が続いていたが、やっと人類を救う戦いの末席に加わることができるのだ。

 彼女は深呼吸をすると目の前にあるマイクのスイッチをいれた。

 この位置へ長足のスピードで就けたのは、世界的に名だたる八冉財閥の名を借りたおかげ、と仲間内で囁かれていたことはもちろん知っていたが、彼女は意に介さなかった。若い頃は歌手として、エンターテイメントの世界に身をおき、寄り道をしてきた。だから、生え抜きの先輩たちからすると、財力を利用した割り込みを快く思わないのも理解できた。

 だが、才能を持って生れてきた人間が、己の才能を駆使して一足飛びに駆けあがることがどうして悪いのか。スポーツや芸術の世界ではあたりまえのこととして容認されているではないか。


 自分の場合は単に、金持ち、という才能に恵まれただけだ。


「セラ・ムーンをパルスレーンへ移動します」

 第一声はつっかえることなく言えた。上々の滑り出しだ。

 と、突然、目の前にコックピットのパイロット、ヤマトタケルの映像がうかびあがった。

「ミライ副司令、こいつはマンゲツだよ。セラ・なんとか、とかいう名前なんてやめてください」

 ミライはムッとした。出撃マニュアルは何度も確認して、いやになるほどシュミレーションを重ねたという自信がある。呼称に間違いはない。

「ヤマト少尉。その機体、あなたの乗っているそれは、『セラ・ムーン』号で間違いないですよ」

「通称、マンゲツかもしれませんが、マニュアル通りに進めさせていただきます」

「ーったく、初めての本番だからって、力はいりすぎだよ」

 いくら百戦錬磨の戦士と聞かされてはいても、目の前に映しだされているのは自分よりもかなり年下の少年。ミライは新人扱いされたことにカチンときた。

「ちょっとぉ」

「出撃マニュアルには、『セラ・ムーン』と書かれてるの。『Selahセラ 』は旧約聖書の詩編に出てくるヘブライ語が語源で……」

「わかった、わかった」

「それ、前の担当者にも聞いたよ。セラ・何とかでいいよ……」

 相手が意外にもあっさり折れたことで、ミライはすこし拍子抜けした気分だった。

「でも、ボクのことをヤマト少尉とか、正式名称で呼ぶの禁止ね。タケルでいい」

「あー、まぁ、いいわ」

「よかった」

「ミライさん、ちょっとは肩の力が抜けたみたいだし」

 目の前に映し出されたヤマトのタケルがしたり顔で言ってきた。ミライはそこではじめて、自分が手玉にとられていたことがわかった。だが、おかげで緊張がすっかりほぐれていた。彼なりの気遣いなのだろう。

 ミライは小さく嘆息した。これから最前線にむかうというのに、他人の状態にまで気を配る余裕があるというのは、腹立たしくはあるが、さすが唯一無二のエースパイロットだ。

 いさぎよく降参するしかない。

 格納庫内に、気負いが解けたミライの軽やかな声が響きわたる。

『セラ・ムーンを流動電磁パルスレーンへ移動します』

 マンゲツの肩部分から上空に誘導パルスが放たれ、パチパチと電流が立ちのぼった。それを呼び水のようにして上空からパルスが走り、マンゲツの身体に帯電する。

 マンゲツの足がゆっくりと地面から浮きあがりはじめた。


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 ブライトはこの出撃前の時間が一番苦痛だった。なぜならこのタイミングで必ず国際連邦の事務総長が連絡をしてくるからだ。

 イレギュラーはない。必ずだ。

 そして自分の責務について責めたて、そしてー。

『ビーッ』と甲高い音ともに、天井から投影され、3Dの立体映像が浮かびあがった。空中に浮かびゆっくりと回る『SOUND ONLY』の文字。

『ブライト君。53日ぶり……だったかな」

「あ、はい……」

『ところで、ブライト君……例の……』

「『四解文書しかいもんじょ』のことでしたら、まだです!」

 相手にイニシアチブをとられまいと、ブライトのほうから打ってでた。

『なぜだね?。拷問してでも聞きだすべきだと言っていたはずだが……』

「亜獣はあと11体も残っているんですよ。無理をして万が一、ヤマト・タケルになにかあったら、これからの地球の命運はどうするつもりです?」

『『四解文書』の内容を知ることは、地球の運命にかかわる最優先すべき事項だ。問題は、その内容を今や、世界中で、あの少年、ヤマトタケルしか知らないことだ』

「事務総長。おことばですが、本当に存在するか疑問視される文書のために、亜獣撃退のための切り札を捨てるわけには……」


 突然、天井から投影されていた『SOUND・ONLY』の文字が消えて、ニュース映像に切り替わった。ブライトにはすぐにそれがなにかわかった。

 何度も見せつけられた50年ほど前のニュース映像。

 当時のデミリアンのパイロットたちが、時のローマ法王に謁見したときのものだ。


 パイロットのひとりが法王になにかを耳打ちする。

 すると、みるみる法王の顔が青ざめていく。

 法王は胸を押さえて苦しみはじめ、

 その場に昏倒してしまう。

 まわりにいた教皇たちが駆け寄り、あたりは慌ただしさに混濁する。


 ライブ配信されていたことで当時、世界中で大騒ぎになったと、記録に残っている。

『この時、耳元で囁かれ、時のローマ法王をショック死にいたらしめたものこそ、『四解文書』の一節だよ』

「いや、重々承知しています」

「では、ブライト君、そらんじてみたまえ」

 毎度、毎度の茶番劇。

 ブライトはぐっと唾を飲み込んでから口をひらいた。

「四解文書……」


「一節を知れば世界は『憤怒』し……

 二節を知れば世界は『恐怖』し……

 三節を知れば世界は『絶望』し……」


「そして最後の一節を知れば……」


 事務総長の声がまるで唱和するかのようにブライトの声と重なる。


『世界は『発狂』する』


『こんな地球を滅ぼしかねない最終兵器が、君の部下である、あの最後の日本人、ヤマトタケルだけに継承されているのだ』


『実に危険だ……』


「いや、しかし、いまは彼は地球の救世主ですよ……」

 ブライトは反駁しようとしたが、声はそれを遮るように言った。


『あぁ……、ブライト君、言い忘れていたことがある……』

『月基地で訓練中のデミリアン操縦士を3名……。明日、そちらに到着する』

 ブライトは最重要事項を事もなげにぶち込んできた、事務総長の意地悪なサプライズに動揺してなるものかと、口をひきしめた。

 こちらから見えないが、あちらはカメラごしにこちらの顔色を伺っているはずだ。

 まちがいなく邪気に満ちた目で。

『96・9%の純血。96・9クロックスだ』

96・9クロックス!。事務総長、彼らはまだ実験段階の……」

『まぁ、少々、不安材料はあるがね……』


『君ならば使いこなせると信じてるよ』

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