ほらまた君はそうやって

いある

笑えよ、ほら。

「おめでとう、お幸せに!」

 言葉の意味とは裏腹に、そのトーンは何処までも暗く、なんだか寒々しい印象を空気に溢した。何度言っても上手に言えない。幼馴染である青年の幸せの絶頂であるはずなのに、祝福したいと心から思えないのはなぜだろうか。今日だけで何回目だろうか。吐き気がするほど深いため息をつき、鏡の前に立つ。

 鏡の奥には亡霊みたいな女が立っていた。こんな姿、背後から夜中現れたら卒倒する自信がある。目は隈だらけでどこか痩せこけた印象を与える日陰の擬人化。やつれた表情と生気を失った青白い顔色はもはや死者のそれだ。

 例えるならそう、奪衣婆みたいな。三途の川にいる奴。見たことないけど。

「もう、出席するって言っちゃったしなぁ」

 幼馴染にして初恋の相手の晴れ舞台。見たくない訳がない。きっと少し緊張した面持ちでありながら幸せそうな笑みを浮かべるのだ。その光景を思い浮かべただけで頬が緩み、次いで強張る。

 何故。そんな幾度も反芻した疑問がまた浮かび上がる。何故彼の隣に立っている花嫁が私ではないのだろうか。彼のものになるのが私ではないのか。どうして彼は私を選ばなかったのか。どうして私を彼は選ばなかったのか。誰もおかしいとは思わなかったのか。幸せになるのは私たち二人でよかったはずなんじゃないか。何が原因なのか。誰が悪いのか。誰のせいにしたらいいのか。どうして自分が努力しなかったのか。どうして自分は選ばれようとしなかったのか。どうしてあの時決意しなかったのか。何が私に足りなかったのか。どうして私にはそれが分からないのか。どうして私はその不足を補おうとしなかったのか。



 反吐が出そうになる。口の端から紫色の花弁が覗いた。ゴミ箱の前まで行く気力もなく、花弁が積もり始めた足元に、リナリアを吐き捨てる。喉がかゆい。今すぐかきむしって引き裂いてしまいたい。内側から浸食するかのように表れるのは単なる植物か。それとも私の魂の叫びなのか。

 どちらにせよ彼には届かない。この花弁たちを彼の手もとに送り届けてやることくらいしか私にはできない。

 …どうせ分かりやしないだろうけど。





 ――リナリアの花言葉この恋に気づいてなんて。

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