エピローグ

少女の幼馴染

 車椅子でなくなった翰川先生は、時折、義足の調子を確かめるように足をさすったりストレッチしたりを繰り返している。

「……大丈夫なんですか?」

「うん。癖でな」

 椅子に腰かけ、俺の手元をのぞき込む。

「おや。絞り込みの最中か」

 俺は、寛光大学の受験要項と自分の学力を照らし合わせていた。

「遅くてごめん」

「僕が責める理由は何もないな。キミが自分で考えて悩むべきことだ」

「あ、はい」

 キッチンでは、なぜかミズリさんが冷やしそうめんを作ってくれている。

 ものすごく申し訳ないのだが、『ひぞれがお世話になったお礼だよ』と譲ってくれなかった。

「佳奈子はどうした?」

「ばあちゃんのとこに行ってます。病院に事情を話したら、泊まり込みさせてもらえるみたいで。ばあちゃん孝行だって張り切ってました」

「よかったな」

「あいつなんだかんだでおばあちゃんっ子なんですよ」

「ふふ、佳奈子は可愛い子だ」

「いつの間に喋ったんですか?」

「キミが紫織にうつつを抜かしている間にだ」

「うつつって」

 紫織ちゃんとは微妙な関係であるものの、いつかはまた友達になれたらと思っている。

 そんな言われ方は心外だ。

「……そういうふうだから、キミは……」

「何で呆れてるんですか」

「いやまあ、キミがいいんならいいと思うが」

 ため息をつかれた。

「あ、そういえば……物干しにかかってる浴衣、翰川先生のですか?」

「ん。ああ」

「へえ」

 白地に赤い金魚が泳いでいる。夏らしくて可愛い浴衣だ。

「似合いそうっすね」

 夕飯を作り終えたらしいミズリさんが、嬉しそうに話しかけてくる。

「写真があるよ。見るかい?」

「奥さん大好きか」

 それはさておき見たいので、食器を並べるついでにミズリさんの傍に寄る。

 翰川先生がわたわたしていて超かわいい。

「み、みみみ、ミズリ……僕は、別にだな。僕など見せたとて、」

「自慢の妻を自慢したくてね。駄目かな?」

「うううう……」


 ミズリさんのスマホの画面には、赤い顔の翰川先生と、困ったように微笑む三崎さんが映っていた。


 ……え。

「…………」

 画面端に映るオレンジの髪は明らかにリーネアさんのものだ。

「みんなで花火大会行ったんです……?」

 俺をハブにして。

「少し外れの方だったがな。も、もういいだろう」

 真っ赤な翰川先生は俺の気持ちに気付くことなく、ミズリさんにぴょこぴょこ手を出してはよけられている。

「そうだね。夕飯を食べてからにしようか」

「うぁあ、ミズリいじわる……」

 ひとまず食卓に座る。

 改めて問いかけると、翰川先生は困ったように笑った。

「いろいろとあったのだから。鈍いうえに忘れがちなキミは、佳奈子と一緒にいた方がいいと思ったんだ。……遠くになってしまって悪かったがな」

「あ……そう、なんすね」

 またも先走って考えてお恥ずかしい。

「方角と高さを考えるに、人の多い地上から見るよりも見栄えがいいという結果が出たので、ふたりっきりで見られるのではないかと」

「あと、シェルが『墓の手入れがされていないのなら昼から出ても夕方までかかります。花火が打ちあがる時間に丁度いい』って言ってたんだよ」

「あの人なんなんですか?」

「化け物みたいな天才だ」

「……天才みたいな化け物の間違いのような気がするけれど」

 先生は自慢げでミズリさんは苦笑気味だ。

 対照的な表情を浮かべてはいるが、仲良し夫婦である。

「……確かに、佳奈子と外であんなに走って遊んだの初なんで……嬉しかったっす」

 マドレーヌもあげたら『おばあちゃんと食べる。ありがとう』と喜んでくれて。

「…………ルピネの言う通り、罪な男だな、光太」

「?」

 翰川先生の呟きは聞き取れなかった。

 話を逸らすかのように咳払いし、サラダに醤油ドレッシングをかける手を止めて俺に告げる。

「科目選択の件だが。説明が足らなくて済まなかった。家庭教師として、僕の落ち度だ」

「あ、いえ。俺が考えなしだっただけで……」

「キミは長らく情報から遮断されてきていたんだ。もっと配慮すべきだった」

「……気にしてません。ありがとう、先生」

「ん……」

 先生がもじもじとしている。

「どしたんすか?」

「うん。実はな。キミが物理を選んでくれたのが嬉しくて……」

 ああ、先生超かわいいなー。

 ミズリさんは、奥さんがもじもじする姿にでれでれだった。でれでれなのに超絶的な美貌は一切崩れなかった。人間と同じ姿をしているだけの別物なのだとわかる光景だった。

 何はともあれ仲睦まじいご夫婦である。

 ……ちょっと食傷気味だが。



  ――*――

 オレンジ色の髪の少年は明らかに人間ではなかった。

 目の前にいるのに、まばたきしたときにはいなくなって見失ってしまいそうな……

「ああ、お前座敷童なんだっけ? ……俺と性質似てるし、わかるかもな」

「っ」

 翰川先生とミズリさんから紹介されたのは、リーネア・ヴァラセピスという名の異種族と、彼の教導役としての弟子である三崎京。

 リーネアさんはリーネアさんで奇妙だけど、京もそれなりに変。

 あたしのことを見ているようで、見ていないみたい。

 目がきらきらしているせいで視線がわかりにくいっていうのもあるけど、間近で見ると本当に視線が読めない。

 その京は、あたしを見るや否やぱあっと顔を輝かせた。

「わ……可愛い」

 あたしが小さいからか?

 憤慨しかけたが、京を見ると止まってしまう。

「森山くんから聞いてたよ。藍沢さんっていうんだよね」

 これはあたしが座敷童だから感じることかもしれないけど。

 京は明らかに――どこかおかしい。

「……」

 リーネアさんを見ると、あたしの真意を読み取ってか、彼は首を横に振った。

「…………そう」

「藍沢さん、どうしたんだい?」

「何でもないわ」


「あたしは藍沢佳奈子。初めまして、京」

 手を差し出して挨拶する。


 挨拶の大切さを教えてくれたのはおばあちゃんだ。その教えだけは裏切れない。

 京の目が少しだけ普通に戻って、ふんわりと笑った。

「初めまして。三崎京です」

「佳奈子でいいわ」

「佳奈子だね。よろしく」

 ……あたしより背が高い。コウよりちょっと低いくらいかな?

「京、身長何センチ?」

「えっ? ……ええと。春の身体測定のでいいかい?」

「うん」

 唐突な質問に困惑しながらも、京は素直に答えた。

「158……くらいだったかな」

「……」

 コウの身長は174センチ。

 カップルの理想の身長差は――15センチ。



「ルピネさん、背って伸ばせない!?」

「……初の相談がそれで良いのか、佳奈子」



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少年は天才と神秘の夢を見られるか? 2 金田ミヤキ @miyaki_kanada

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