花火、収束
赤、青、黄色。緑に紫。
色鮮やかに開いていく花火を見ていると、翰川先生の授業が思い出される。
「……炎色反応の語呂合わせってなんだっけ?」
「もう諦めたら?」
「なんてこと言うんだ。俺は地道な暗記で文系を地味に頑張ってきた男だぞ」
「確かにそれは賞賛するけど……」
佳奈子は呆れたような顔をして、スマホで検索したらしい画面を見せてきた。
『初級:金属の性質とその意味から考える炎色反応の問題対策 ~コード&スペル編~』
「……初級ってなんすか、佳奈子さん」
「入門編よ。アーカイブ抜きだと『炎中に置かれた金属粉末や金属化合物は炎の熱エネルギーによって原子化される。それぞれの原子で電子が励起。励起した電子は光を放ち、各金属原子特有の輝線スペクトルを示すことから炎が色づいて見える』ってなるんだけど」
「おおお、おお。おう?」
「コードなら『金属原子をコード組成から見て分析することにより、こういった特徴を示した』から始まって、『例として「金属分類はA。一定量のうち情報優先度12以上が3割を占め、確定された平均情報密度は72.1」』みたいに続くわ」
あ、ちなみにこれ銅ね。
なんともなしにそう言った佳奈子が、いきなり遠くに行ってしまったように感じる。さっきまで大親友だと思えていたのに。
「スペル側の計算なら、全部の金属の意味を暗記したら点は取れるけど……多すぎるから魔法式解いた方が速いのよねえ」
「……俺、化学むり……」
「そりゃそうでしょ」
なんで俺は化学も物理もやらされているんだ。
「『選択肢は多い方がいいからな』って言ってたわよ」
「?」
「翰川先生。……あんたがどっちに向いてるかは、あんたしかわからないんだって。先生、あんたが思うよりあんたのこと考えてくれてるみたいよ。いい先生じゃないの?」
「……うん」
佳奈子はいつの間に先生と話していたんだろう。
「とりあえず、受験する学部学科絞ってそっから相談しなさいよ」
「そうする……ありがとう、佳奈子」
「どういたしまして」
花火はラストスパートの盛り上がりを見せている。
人生初の花火大会は歓声も何も聞こえないものだったが、悪くはなかった。
最後の一発、とびきりの大玉が打ちあがって――空に弾ける。
「……おお」
2人でなんとなく拍手して終わった。
「6時20分ね」
余韻を楽しむ間もなく、バスの時間が近づいている。
「帰りましょ」
「だな」
もう一度神社を方を向いて頭を下げ、鳥居をくぐった。
階段を下りている途中で佳奈子が呟く。
「ねえ、コウ」
「なんだ?」
「……あたしが死んだの、今日よ」
「…………。え?」
彼女は、悲しみと寂しさ、そして少しの喜びがないまぜになったような顔をして笑う。
「36年前の今日この日、あたしは死んだの」
「……」
「コウにだけ、特別ね」
「…………」
同い年のくせして年上で、なのに、俺の頭一つ分よりも小さな佳奈子。
ふわふわした茶髪を思い切りぐしゃっと撫でてやる。
「んにっ……何すんのよ!」
「……もう迷子になんかなるなよ」
彼女は座敷童だから。きちんと守られた家に居なければならない。たとえどんなに遠くに行ったって、彼女の帰る場所はばあちゃんの待つアパートだ。
「当ったり前でしょ? 子ども扱いしないで」
「はいはい、佳奈子さんの言う通り」
ついでに俺の隣に遊びに来てくれたなら、凄く嬉しいことだ。
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