第7話:一件が落着しました

 ハーツさんは神様に洋服と冬用コート、ブーツを買ってあげていた。るんるんで歩く神様はとても可愛くて微笑ましかった。

 そして辿り着いた紫織ちゃんの家で、ハーツさんは開口一番こう告げる。


「女王の帰還である。丁重に出迎えよ我が臣下!」

 人様の家でよくぞまあここまで尊大に。


 リビングに居たのはシェルさん似の美青年と、彼と向かい合って昼食を食べる紫織ちゃん。

 男性はため息をつき、紫織ちゃんは嬉しそうに手を広げる。

「お帰りなさい、スペードさんっ」

 あれれ?

「うむ、ただいま戻った」

「……お帰り、女王様。あんたまた俺の名前使った?」

「お主のものは妾のもの」

「…………」

 男性は俺がおんぶして連れてきた神様を指差す。

「お疲れ。そいつ寝かすからよこしてくれ」

「あ、お願いします」

 道中疲れたのかうとうとしていたので、途中からおんぶして運んできた。

「……ところで、あなたがハーツさん……?」

「あの女王様、俺の名前を偽名に使う悪癖があってな……」

 迷惑な悪癖もあったものだ。

 ハーツさんは女の子を受け取り、ソファに寝かせる。紫織ちゃんが驚いてハーツさ……女王様に話しかけていた。

「私そっくり、です?」

「そうじゃろうそうじゃろう。愛くるしい」

 愛おしそうな表情で紫織ちゃんを優しく撫でる。

「はわわ……」

 紫織ちゃんは礼儀正しいから年上の人に可愛がられるタイプだ。赤い顔でわたわたしている。

「ところで……女王様のお名前は教えてもらえるんでしょうか……」

 さっき聞こえたが、本人から名乗ってもらいたい。

「うむ。ここまで付き合ったお主の根性を称え、特別に教えてやろう」

 根性というか成り行きというか……

「はあ、どうも……」

「妾はスペードである」

 ハートとスペード。

 二人とも気品がたっぷりだから、トランプのキングとクイーンが当てはまりそうだ。

「二人ぴったりな名前ですね」

「っ……」

「ふふふ、そうじゃろうそうじゃろう。妾のハーツは気が利いてのう、妾の願いをいつも叶えてくれるのじゃ!」

 やはりハーツさんのほうが彼女に振り回される側。スペードさんを振り回せる人がいるのかわからんが。

「仲良しなんですね」

「んっんん!」

 咳払いしたハーツさんに口を塞がれ、台所に連行される。この人もなかなかの怪力のようだ。

「ごっふ……何ですかいきなり」

「いや……その」

 顔が真っ赤だ。

「もしや、スペードさんのこと……?」

「……いやその。……い、いつか告白するから。ああいう話題に持ってくのは、ちょっと」

「…………。応援してます」

「ありがとう……」

 ハーツさんも神様なのだろうな。

 純朴な方のようなので、どうかその恋が報われて欲しいと思う。

「っつーか、光太。今日学校あったんだろ? よくあの女王に付き合ってくれたな」

「ここまで来たらもう諦めようかと……ってなんで名前知ってんですか?」

「お前のことはアリアとルピネから聞いてる。特徴がそのままだから、見ればわかる」

「そこの男ども。女王と巫女を放って何をこそこそとしておる!」

「わわ、スペードさん、ダメですよ。内緒のお話です!」

「妾に秘して良いことがあると思っておるのか愚か者め。不愉快である。疾く馳せ参じよ!」

 口調こそは女王らしいが、ぷんすかする姿は拗ねた少女のようだ。

「……大変ですね」

 ハーツさんにそういうと、彼は平然とした顔でこう返した。

「あれで結構かわいいとこあるんだよ」

「惚気をありがとうございます」

 リビングに戻ると、目覚めた女の子が泣きながら紫織ちゃんに抱きついていた。

「ななみちゃんの、末裔……そっくり」

「……美織みたいで、愛おしいのです……お名前、なんて仰るのですか?」

「ん……紫織には教えてあげる……」

 互いの耳元で囁きあって内緒話。笑いあって幸せそうだ。

「百合の花が見えそう」

「「?」」

 スペードさんとハーツさんが不思議そうにするタイミングがそっくり同じで、つい『早よ付き合えよ』と思ってしまった。

「ようわからんが、ここまで妾に尽くしたことを認め、褒美をやろう」

「え、いやあ、いいっすよ。……一応、今から行ったら学校間に合いますし」

 現在時刻は12時半。バスを使える時刻だから、午後からの卒業式練習には間に合う計算だ。

「女王の褒美を断るとは無礼千万であるな」

「はあ、じゃあ……」

 彼女は満足げに頷く。

「お主の生き様を応援してやろう」


「ここにいるハーツが」

「俺かよ」


 流れるような夫婦漫才。

 一足飛びに結婚してもいいと思うが……なぜ恋人にもなっていないんだろうか。

「まあいいや」

 この人もなんだかんだでスペードさんの無茶振りに応えるから、二人の関係性があんな感じなんだろう。

 ハーツさんは俺を指差して告げる。

「お前の恋路に祝福を」

「――」

 ぐにゃりと視界が歪んだ。

 立っていられないくらいに平衡感覚が狂い、咄嗟に目を閉じた瞬間に床に転がる。

「うっぇ……」

「よっすー、森山」

「…………」

 平衡感覚が戻ったところで目を開けると、見覚えのある地図と地球儀と進路資料の積まれた部屋。

 社会科準備室だ。

「ツッチー先生?」

「その呼び方やめろ言ったよな……」

 気だるげな社会科教師がため息をつく。

「お前が12時半にここに放り出されんのが未来視で見えたんだよ。だから待っててやったんだ」

「……あのう。職員室土下座と反省文執筆……どっちが心象いいですかね?」

「安心しろ」

 彼は起き上がった俺の右肩を掴み、苛立ちのこもった目で笑いかけた。

「職員内での遅刻時のお前への心象は、とうに地の底まで落ちてもう下がる余地はないからな」

「あははは……」

 乾いた笑いが漏れた。



  ――*――

 お名前の一部からとって、サチさんとお呼びすることにしました。

「しおり、東京に行っちゃうの……?」

「はい」

「じゃ、じゃあ! わたしの神棚作って置いて! お札書くから!」

 神様本人からこんなことを申し出てもらえるなんて、すごいことなのではないでしょうか。

「……ありがとう、サチさん。神棚、すぐにプロの方に相談いたします!」

「わひょーい! しおり大好き! しおりが育てる生命に将来にわたって祝福かけるよ!」

「わー、ありがとうございます。私、大学に行ったら植物を育てたいと思ってたんです」

 魔術学部には魔法の植物を育てるサークルがあるのだそうで、興味があるのです。

「豊穣を約束するから安心だしー! 食べられるものが出来たら分けてね?」

「それはもちろん。サチさんのお陰ですからね」

 満面の笑みでピースサインをするサチさん。

「将来赤ちゃん産んでも心配いらないしー! 超ド健康に育つように見守るからねー!」

「へえあっ⁉︎」

 ま、まだ相手も居ないのですが……!

「山や川、ひいては大地への畏敬による信仰。そして、稲荷信仰。あとは玉石混交の神道・仏教の伝承……いろんなものが混じっておるらしい」

「……術者がクソだったから、要素が定まらなくていろんなタイプの信仰に影響されたってことか?」

「そんなところじゃな」

 何やら小難しいことをスペードさんとハーツさんがお話しし合っていますが、反応する余裕はありません。

 サチさんははしゃいで『結婚式には白無垢とドレス両方でー』などと話を進めております。どう考えても、取らぬ狸の皮算用です!

「さ、サチさん……私にはまだ恋人さえ……」

「なーに言ってるんだか。しおりは優しくて可愛いからステキな男と結婚するでしょ。あ、でもそいつがクソ男だったら許さない。恋の盲目さを吹っ飛ばしてやる」

「ふわあ……!」

 そんな、そこまで話を飛躍させられましても、私は初恋破れた身ですし、世間知らずで修行中です。



「ハーツ。よくぞまあ、祝福のみならず届けまでしてくれたのう。送るのは妾がしようと思うたに」

「あんたの尻拭いは俺の仕事だ。……あと、あんたの転移は人間が受けたら一日動けない」

「ふふ。気の利く臣下じゃの」

「それは光栄だ」

「……サチはどうする?」

「あの娘っ子を祝福するよりこの土地ごと祝福した方がいっそ速いが……ルピナスコンビからの報告を待ってからにしよう」

「良かろう。アリアの佳奈子も気になるしのう」

「……あいつ看病なんて出来んの?」

「アネモネがついておる。心配いらぬよ」

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