第6話:赤く華やかに彩られている

 ハーツさんは鳥居前の2体を秒で撃破。白頭巾がいた跡地に俺を立たせる。

 一歩前進して、鳥居前に移動しかけていた2体を瞬殺。跡地に俺を立たせる。

 さらに一歩前進。鳥居前に移動しようとする2体を滅殺。跡地に俺を立たせる。

 またもや一歩前進。鳥居前に移動しようとする2体を――(以下略)。


 このプロセスを繰り返し、ついに最後の2体を撃破。

 俺は賽銭箱の前に立たされた。

「……」

 拝殿は長年の雨風と土埃であちこち汚れており、素人が見ても、手入れする人が居ないのだと一目でわかるような有様だった。

「嘆かわしいことじゃな」

「信心の薄さが?」

 神様は人の祈りを糧にすると聞いたことがある。

「管理するものがおらぬのが嘆かわしいのだ」

 彼女は不愉快そうな顔のまま教えてくれる。

「神は自らの全盛期の姿と、この瞬間この世界に合わせた姿の両方を持っておる。妾のこれは、こちらに合わせたもの」

 今の時点でだいぶ恐ろしいことになっているのに、これでも全盛期でないとは……

「神に仕える役職の者どもが居てこそ、神は自らの力を正しく扱え、姿も適正なものにとどめ置けるのじゃ。……まあ、神によっては自らの意思で力と姿を完全に統御する器用な者もおるがの」

「逆に不器用な神様もいますか?」

「うむ。かんなぎに世話をされねば歩くことさえままならぬお姫様だとかがの」

「歩くことって……」

「そやつ、力加減が出来んでな。一歩踏み出すだけで地を割ってしまうのよ」

「なにそれこわい」

 ちなみにハーツさんの格好は、上はアイボリーのような優しい色のコート、下は大胆な眩しい美脚を晒しつつ、お値段の良さそうな革のブーツを履いている。

 ブーツはおそらく男性ものだが、彼女が堂々として格好いい美人なので非常に似合っている。

「ここの神は本州から引っ越してきた神じゃ。世話をするものも居ない」

「……だから足袋に草履ですか」

 冬では見ていて心が落ち着かない。

 深い雪の上では歩くうちに雪が靴の隙間から入り、自分の体温でそれが解けて靴下が濡れる。長時間歩き続けると凍傷の恐れもある。

 草履じゃ雪に丸出しで、もう冷たいなんてものではないだろう。

「雪国生まれの神は雪に備えた姿を取れるものじゃ。それは力云々を抜きにして生態といえる」

「環境適応ですね」

「うむ。こちらの神は……自身で適応する力も最早ないようじゃな」

 変色した賽銭箱。錆びた本坪鈴。

 本来ならば清浄に保たれるべき神社が物寂しい佇まいをしているのは、心霊スポットと言われても信じてしまいそうな不気味さがある。

「たとえ力失おうと、しろしめすは紛うかたなきこの地統べる神である。自らの領土であるこの町でなら、《使い》を作り出すことなど造作もない」

 ハーツさんは、太鼓の革をべりっと剥いで内側を見せてくる。頭巾に書いてあった模様と同じものが墨で描かれていた。

「つまりこやつら、巫を探して練り歩いておるのよ」

「……紫織ちゃん?」

 彼女は、それこそシェルさんたちが認めるほどの巫女の才能を持っている。

「紫織個人ではなく、巫女となり得るものを探しておった」

 紫織ちゃんとも知り合いなのか、この女神様。

「原動力に、雑多な彷徨える魂どもを喰らいながらな」

 ……白頭巾が佳奈子を追いかけていた理由と繋がった。

「魂を喰らっていたことについてこやつらに非はない。自らの力が弱まったことで迷える魂が増えてしまったと気に病んで、行くべきところへ導いた魂から力を得ていたのだ」

「通行人を無差別に襲ってるわけではないんですね」

「そんなことしていればもっと早く問題が露見しておろう」

「いや、良かったなって……」

「この世に留まる霊は怨み募らせ悪をなす霊だけではないぞ。行くべきところへ行けず彷徨う迷子も含まれる。あの頭巾どもは行くべき場所へ連れて行く役割である」

 その時点では佳奈子は幽霊だったから……

「座敷わらしは大丈夫なんですね」

「座敷わらしは妖怪や守り神、魔する者としての生存が世界から認められておる。そう易々と消し飛ばせるものではない」

 あれこれとこちらの文化に博識な方だ。

「女王となれば当然のこと。他国をもてなす、あるいは他国をおとなうときには、相手方の文化をよく知る必要があるからの」

 口だけではない気品は、こういった女王としての姿勢が生き様に結びついているからなのだろう。

「これからどうするんですか?」

 ずっと賽銭箱の前に立ったままでは、事態は何も変わらない。

「いくつか案はあるぞ。神の世代交代。神を回復させる。大まかに分けて二つじゃ」

「……なんか俺にはどうにもならんですが、ハーツさんなんとかできるんですか?」

「女王に不可能を問いかけるとは無礼であるぞ。……しかしまあ……正直、妾は土地神が居なくなろうと構わぬのじゃがな」

「いやそんな……土地神が滅んだらその土地が死ぬとか、多かれ少なかれあるんじゃないんですか?」

 彼女は『簡潔にわかりやすく……』と悩んで首を傾げる。

「お主ら人間、大きな川にダムとやらを作るじゃろう?」

 人間を個人としてではなく種として捉えている。神様目線は新鮮だ。

「……ですね」

「あれと似たようなものよ。空中を漂う神秘、地を巡る神秘。天を廻る神秘。この世界のあちこちで神秘は存在しておる。それら全てひっくるめて適切な場所に適切な量を留め置き、適度に放出する。その役割をこなすのが神である」

 神様と土地が調和するんだな。面白い。

「居なくなっても滅びはせぬが、段々と歯車が狂うように世界が崩れていくのじゃろうな。月に魅せられ狂気に果てる者が増え、現代医学でも解決策の見つからない流行病はやりやまいが蔓延し……」

「それは一般的に滅びるって言うんですよ‼︎」

 パンデミックエンドか世紀末エンドだ。どちらにせよ最悪の事態である。

「大変じゃのう、人間は」

 からころと笑う女王様は、神様らしく天から人を見下す目線を持っている。

「この地滅びようと妾には瑣末なこと。……なのじゃが、妾の可愛い育て子が『今日は白頭巾が活性化する日だから』とねだるのよ。あまりに可愛くて、軽い気持ちで引き受けてしまった」

 深いため息をつくハーツさん。

「そこで思いついたのがお主。森山光太じゃ」

「へ?」

「お主は神秘の暴走を器用に止める。神秘を持つ者を正気に引き戻すチカラがある。これならば、妾も白頭巾と戦争をせずに済むのではないかと思い至った!」

 駄目だったら戦争するつもりだったんかい。

「この女王が人間を認めるなどまずない。光栄に思うが良い!」

「……どうも……」

「さあさ、前書きは終わったぞ」

 隣に立っていた彼女はすっと俺の後ろに回り、俺を一歩前に押し出した。

「何をすればいいんでしょう?」

「神社に来てすることは?」

「……」

 財布から五円玉を出して賽銭箱に入れる。鈴を鳴らしてから二礼二拍手一礼。

「ご挨拶遅れてすみません。いつも見守ってくれてありがとうございます」

 謝罪してから顔を上げると、目の前に白頭巾が居た。

「っ、ハーツさ――」

「見ておるわ、たわけめ」

 足を払ってつんのめったところを、掬い上げるようにして拘束する。

 ハーツさんが羽交い締めに出来る時点で、白頭巾の身長は彼女よりかなり低い。

「ありえなくない? ないないない⁉︎」

「妾はやると決めたらやるぞ」

「マジないんですけどー!」

 幼げな少女の声。

 これは……

「ハーツさん。この人……」

「斬新な言葉遣いをする娘御じゃの」

「そういう問題じゃないです」

 ハーツさんは容赦なく頭巾を剥ぎ取った。

 露わになったのは――紫織ちゃんとそっくりな顔。

「⁉︎」

「む。やはりそうか」

「ふええん……あり得ないしー! 乙女の素顔をこんな、こんな……」

「黙っておれ」

「むぐぅ」

 口に大きな棒付きキャンディを突っ込まれ、紫織ちゃんを幼くしたような女の子は飴を舐め始めた。

「見覚えのある顔じゃなあ?」

「……なんで?」



 神社の拝殿脇の石段に座って講義を受ける。

「北海道に元から居た神はアイヌのカムイたちじゃ」

 女王様の膝上には飴を嬉しそうに舐める女の子がいるが、話に参加してくる様子はない。

「蝦夷地に渡ってきた和人が初めに持ち込んだのは、山岳信仰・岬信仰など、自然自体を神とみなす概念。その後に天照をはじめとする本州の神を持ち込んで根付かせた」

「……」

「この娘御がここにやってきたのは、自然への信仰と本州の神々の信仰が混ざり合った時代じゃろうな」

 飴に夢中な姿が可愛い。

「持ってきたはいいものの土地の相性が悪く、また、移動させた術者の腕が三流以下であったため……特定の神になれずに力の塊として荒ぶった。それを鎮め、自然信仰と神道の流れを汲んだ神として成り立たせたのが、七海家の先祖」

「……似てるのはなぜ?」

「神にあらざる神は、つまり災害である。そんなふうでは自身も形を保てぬのよ。巫女に懐いて、見目を同じにしたのじゃろう。紫織は巫女の先祖がえりであるから、似ていて不自然はない」

 凄い人だったんだな、紫織ちゃんのご先祖様は。

「ほれ、娘御」

 無慈悲に飴を取り上げた。掏り取る技術が高すぎる。

 数秒遅れて飴を取られたことに気付いた女の子が、涙声でハーツさんに訴える。

「ふぎゃん! 取らないでえ!」

「あとでたくさんやろう」

「ううー……」

 いじけるかと思ったら、彼女は姿勢を正して俺に向き直った。

「さっき、お参りありがとう。嬉しかった」

「……あんなんで良かったの?」

「キミはわたしが存在することをカケラも疑わなかった。本気で敬意を持って、自分の無礼を謝罪した。好ましい。……そして面白くて恐ろしい」

「?」

 彼女は嬉しそうに笑って、俺の手を取る。……冷たい。

「ありがとう、清々しい若人」

「あの。寒くないの?」

「寒さはない。痛い」

「……」


「ハーツさん、この人、ここにこのままですか?」

「紫織の家に連れて行く」

 良かった。道中で手袋と靴も買えるだろう。

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