座敷童の初対面

 エルミアとのカラオケをたっぷり楽しんで、夕方。

 家で待っているとシェル先生が転移してきた。

「遅くなりました」

「なんで半べそなのよ」

「姉と鉢合わせそうになったから……」

 前にも、あたしに家庭教師してたところに双子のお姉さんが唐突に訪ねてきて、非常に錯乱していた。

「面倒な人ね」

「……エルミアの方が順位上なのに……」

 ぶつぶつと言いながらも姿勢を正して向き直る。こういう律儀で礼節ある振る舞いこそ彼らしいし、落ち込む姿も彼らしい。

 さすがは『面倒くさい悪竜選手権2位』。面倒くさい。

「して、何の用でしょう。エルミアが説明で不足をするとは思い難いのですが」

 説明に不足はなかったが、不満なことはあった。

「先生が自分の過去をあたしに晒した理由がわからないわ。……あんなの、傷口を自分で切り開くようなものでしょうに」

 あたしは先生に何もされてないし助けられてばかりなのに、そんな彼に自傷行為をされるのはすごく嫌。

「いえ。いまさら、です」

「…………」

「職人妖精たち曰く、俺は『設計者の焦りが透けて見える急造品』なのだそうで」

 その物言いは、自身のスペックをユーザに開示するパソコンのように無機質だった。

「最低限必要な性能を再現した程度。オリジナルには全ての面で劣ります。感情・情緒……そのほかコミュニケーションに関わる部位は発達せずに子ども以下」

 自分自身が一番わかっているのだと言う。

「現に俺は、単なる好奇心で生前のあなたを調べました。心の柔らかいところを踏みにじったのですから、同じく核心に迫るような情報を開示すべきです」

 じっと見るあたしに、真っ直ぐ視線を返す。

「俺が誠意を示す方法などこれ以外思いつかないのです。……重ねて謝罪します」

「……別に、いいわよ」

 まだファイルを開けてもいないのに、先生は急ぎ過ぎ。

「謝罪はお詫びの品を見繕って後日と思っていたのですが……遅れる方が無礼でしたね」

「だから、いいんだってば。……先生とかご家族さんがこれからも見守ってくれるなら、お詫びもなんにもいらないわ。気を使ってくれてありがとう」

「……。ありがとう、佳奈子」

「ん。ゆっくり気楽に話しましょ」

 まだ暑いから、飲み物はアイスティー。

 シェル先生と話すのは久し振りで、連絡があってからずっと楽しみにしていた。

「ここ数日、あたしのところに来なかったけど、何してたの?」

「光太とひぞれの用事を済ませたのち、研究生が起こした騒ぎを収めに大学で詰めていました。……我が生徒ながら絞め殺そうと何度思ったか」

「……大変そうね」

 周囲から《類友研究室》と呼ばれて集う研究生がどんなだか知らないけど、ロクでもなさそうなことをしているのは伝わってきた。

「佳奈子が大学でどの先生につくかはわかりませんが、評判はリサーチしておいた方がいいです。大学生活を棒に振らされたくはないでしょう?」

「振るんじゃなくて振らされるんだ……?」

「何もしていないのに問題児ばかりやってくる俺のような教授もいるので」

「先生は絶対に何かやらかしてると思うわ」

 あ、拗ねた。

「なんでそういう酷いこと言うんですか」

 表情のバリエーションが少ない先生。でも、慣れると彼の感情がわかってきた。

 密かにぷんぷんする彼を宥めつつ、ふと質問。

「あたしの前なら敬語抜ける?」

「……」

 数秒固まってから首を傾げる。

「どうしてもというリクエストでないのなら……避けさせてほしいのですが」

「わかったわ。ごめんね」

 何度か経験しているコウや、デフォルト対応が敬語抜きの紫織の妹:美織への小さな羨望だったけど、彼をここまで固まらせてしまうなら諦められる。

「……いえ。紫織から美織のことを聞いたんですね」

「うん」

 謝罪の電話がかかってきたとき、妹さんのことも報告してくれた。

 明日会う予定だ。

「了承したのは美織が子どもだからです」

「あたしと美織、5歳くらいしか違わないけど」

「18歳になれば自分で自分のことに責任を負えるようになっているべきです。あなたはそうでしょう?」

 彼に『大人である』と認めてもらえるのはなんだか嬉しい。

「美織はまだ守られるべき子どもなのですし、あれだけこだわるなら聞いてあげても良いと思っただけです。他意はありません」

「納得したわ。……変なこと聞いてごめんね」

「いえ」

 それからもゆったり話していると、インターホンが鳴った。

「妻ですね」

「なんでわかるの?」

「妻のことは呼吸や足音、放つ魔力の波長まで全て覚えています」

 やっぱり愛が重い。

 玄関を開けると、アネモネさんと――小さな子ども二人が居た。

「お邪魔します」

「……か、かわゆい……!」

 先生と似た女の子と男の子。男の子は少しうとうとしながらアネモネさんの服を掴んでいる。

 女の子は先生の元に駆けてきて、両手を軽く浮かせて抱っこ要求のポーズ。

「お父さん抱っこしてください」

「はい」

 お膝抱っこの体勢だ。

「せ、先生、先生。その子は?」

「娘です」

「ムスメ!」

「……なぜやたらに驚いた顔をされねばならないのか」

 眉間にしわを寄せる先生に、娘さんはマイペースに呼びかけている。

「お父さん」

「何でしょう」

「セプトとベジエ曲線で遊んだの。楽しかった」

「良かったですね」

「……ベジエ曲線?」

「N個の制御点から得られる……いえ。単純に言うとコンピュータ上で滑らかなカーブを描くのに便利な曲線です」

「微分するときどうしたらいいの?」

 娘さんが首を傾げて問うその姿は、お父さんそっくりだ。

「媒介変数を使っているだけです」

「ありがとう」

 とりあえず、彼女が英才教育済みの天才なことがわかった。この調子では男の子の方もそうなんでしょう。

 アネモネさんがあたしに会釈する。

「……いきなり来ちゃってごめんね、佳奈子」

「あ、だ、大丈夫。可愛くて癒されてるから!」

「そう? 嬉しいわ」

 男の子は眠たそうな目をこすってからぺこりとする。

「佳奈子さん、はじめまして」

「あ、うん。はじめまして」

「ぼくはセプトと申します。いつも父がお世話になっております」

「……セプトくん、何歳?」

「4歳です」

 末恐ろしい。

 遅れて、先生の膝から降りた女の子も挨拶する。

「ベジエ曲線の興奮で挨拶が遅れました。ごめんなさい。パヴィです。はじめまして」

「はじめまして。……双子?」

「うん。セプトがお兄ちゃんだよ」

「……んぅ……」

「セプトねむねむしないで。わたしまでねむねむ……」

 可愛いなあ。可愛いなあ!

 先生とそっくりなのに無害だし!

「佳奈子。あとで課題を追加しますね」

「なんで!?」



 先生と言い争っている間に、双子ちゃんはアネモネさんに寝かしつけられてソファで寝てしまった。

 あたしと先生はアネモネさんの前で正座中。

「いろいろ言いたいことはあるけれど、あなたたちが仲良しで安心したわ」

「……ごめんなさい」

「……すみませんでした」

 謝るあたしたちにふっと笑いかける。

 アネモネさんはすごく綺麗で、そういう何気ない表情も見惚れてしまう。

「気にしてないわ。これからミドリさんと夕食をご一緒するのだけれど、佳奈子も来てくれる?」

「?」

「ミドリさんと世間話してたら、この子たちの話題になって……紹介してほしいと言ってくださったからお言葉に甘えて連れてきたの」

「そうなんだ」

「もちろん、佳奈子にも紹介するつもりでね」

「……可愛いからお近づきになりたいわ」

「良かった。ソファ、借りてごめんなさい」

「元々はあなたたちからもらったものだし、役に立てたならいいの」

「ありがとう。そんなに長くは寝ないから、起きるまでちょっと待ってね」

「な、撫でてもいい?」

 彼女は『起きてる時にしてあげて』と笑う。

 シェル先生は落ち込みから回復して、あたしをじっと見る。

「課題は後でメールで通知します」

「やっぱり出すの?」

 こんな和やかなのに。

「あなたの英作文の出来がひどかったので」

「うぐう……」

 受験勉強を盾にされると頷かざるを得ない……

「英語は使うのでなく、相手に話すつもりで書くと良いですよ」

「難しいの!」

「大学教員たちも、帰国子女でもない高校生に流暢な英語など期待していません。気楽にしていなさい」

「ううう」

 先生は静かに笑って立ち上がる。

「先にミドリさんに挨拶してきます。アネモネたちと降りて来てください」

「……うん」

 そのまま消えた。

「ほんとう仲良しね」

「そう、かな」

「あのひと、佳奈子と話すと楽しそうだもの」

 他ならぬ奥さんにそう言われると……それなりに信頼関係が築けてるのかなって思える。

「……良かった」

「いつもありがとう。夫がお世話になってます」

「こ、こちらこそ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る