お話のおしまい
リーネア先生は、東京のお菓子や、レプラコーンの皆さんからの工芸品をたくさん持ちかえってきた。お菓子はともかく、工芸品は食器からちょっとした置物まで様々で、整理するのに時間がかかった。
「お前がカエル好きだっつったら、大量に用意してて……」
と言い訳しつつ、私にカエルのティッシュカバーやアイピローを渡してくれた。
手工芸品が既製品を超える出来栄えなのは、さすが職人妖精。
カエルグッズばかりではなく、机の上を軽く掃除できる吸着素材のモップやシンクを磨けるアクリルたわしなど、実用的なものもたくさん。
「先生、愛されてますよね」
私がからかうと、赤い顔で答えた。
「……たぶんな」
先生と一緒に過ごす時間がまた戻ってきた。凄く楽しくて、やっぱり幸せだ。
土曜日の夜、夕食の場で先生が話を切り出した。
「お前が明日会うやつについて、先に教えとく」
「……美織ちゃんのことですか?」
「ああ」
紫織が明日連れてきてくれるという妹さん。名前だけしか聞いていないが、きっと紫織に似た可愛い子なんだろうなと思っている。
「そいつの教導役、ルピネの弟なんだ。俺とも知り合いだから先んじて連絡がきた」
「なんだか、ローザライマ家のみなさんって凄いですね……」
「魔術のエキスパート軍団だから。まあ、そこはさておき。美織についてのフォローだ」
「……?」
「下校中にフラッシュバックしたんだろ? 光太から聞いてる」
ああ、そのことか。
「美織のアーカイブはプロンプト。感覚的な操作のアーカイブだから、美織にはまだ制御が難しくて修行中」
「時系列を自由にする神秘、でしたっけ」
本で読んだことがある。
「うん。で、お前のパターンは神秘に干渉する神秘だ。暴発したのはその影響。……出会い頭の事故みたいなもんだ」
「わ、たしは。平気です」
先生は、話を遮って言う私をじっと見ている。
「……」
「美織ちゃんは、大丈夫なんですか? 体調に……影響が、出たり」
私のパターンのせいで■■■■■は居なくなってしまった。
そうでなくとも、神秘が暴走すれば美織ちゃんにダメージがいってしまう。
もしまた同じことが起きたのなら。
私はもう――
「っ」
彼が人差し指で私の額を突く。
「影響が出たのはお前。美織はなんともねえよ。話は聞け」
「は……はい……」
「美織は、お前がふらついてるのを見て、光太に『貧血だよ』って言われて納得したらしい。今はタウラ……ルピネの弟に諭されて、自分のアーカイブの作用だって知ってる。プロンプトがお前に過去を見せた。鮮明極まりないフラッシュバックはそれが原因」
「……」
「明日お前に謝る予定。でも、何もなしでいきなり謝られても意味が分からんだろうから……タウラが先に伝えてくれって言って来たんだ」
「丁寧な……人ですね」
ルピネさんの弟さん。どんな人なのだろう。
「天才だからよくわかんねえんだよな」
「先生の知り合いって天才の人が多いですね」
「うん。あとな」
「?」
「よく頑張ったってよ」
「…………え?」
「他人を褒めるなんてめったにないタウラが褒めてた。……パターン持ちで社会に溶け込んで暮らせてる奴なんか、お前入れても両手以下しかいねえからな」
嬉しそうに『自慢の生徒』と言って、撫でてくれた。
宝物でも見るかのように私を見ている。
「私。空っぽじゃ、ないですか……?」
「お前のどこが空っぽなんだよ」
「……」
「光太から教えてもらったよ。道案内しようとしたの、思い出したんだってな」
失敗したことを思い出したのだ。立っていられなくなって……だから、私は森山くんにまで迷惑をかけた。
何も誇れるところなどない。
「成功とか失敗とかどうでもいいんだよ。お前が助けようとしたのがすごいんだよ。なんで自分が苦しいのに人を助けようとできるんだろうなあ」
尊敬する先生にそんなふうに微笑まれると、何も言えなくなってしまう。
「俺なんか昔、周りは見ちゃいなかったぞ。ガキなんか全員死ねって思ってた」
それもまたすさまじいが、彼が優しいのは十分に知っている。
「せんせい、すき……」
「俺も好きだよ」
ああ、思い出した。
ずっと思い出せなくて、思い出しても忘れてしまうのは私のお兄ちゃん。
凄く大切な人。だけど、この人とは別人。
でも――二人とも大好き。
「……説教するつもりも、泣かすつもりもなかった」
柔らかく苦笑して、私にタオルを押し付けた。
受け取りながら頷く。
「はい。……お土産話、聞かせてください」
「うん。居ない間に何があったかも教えてほしい」
「それは短いですよ。翰川先生と、森山くんと佳奈子と紫織と……色んな人にお世話になったんです。助けてもらいました」
「俺からもお礼しなきゃだな」
リーネア先生は東京の寛光大学に特別講義をしに行っていた。その大学の魔術学部の魔術工芸科という学科は、工芸と名の付くだけあって、彼の親戚がたくさんいるのだそう。
「……大学に一歩踏み入れるなり、足元に魔法陣があってな。いきなりカッと光るわけだ」
「…………」
「妖精にだけ発動する術式で組んでたから他の生徒とか教員に影響はないんだけど。踏んだ俺は妖精だから逃げ場がない。一歩目から転移で魔工に放り出された……」
「しょ、衝撃の歓迎ですね……」
直通だなんて。
「俺が起き上がるなりみんな好き勝手に話しかけてきて、父さんは爆笑して使い物にならないし姉さんは写真撮ってるしで。あの時は人間不信になりそうだった」
そんな出だしではあったものの、やはりリーネア先生は愛されているようで、東京内を観光に連れ出されたり、美味しいお菓子を食べさせてもらったりと微笑ましいエピソードもたくさんあった。
きっと、レプラコーンの皆さんは、久しぶりに会う親戚の子どもを思う存分に可愛がりたかったのだろう。
「熱が下がって医者から帰宅許可が出て、ようやく札幌に帰ってきた。終わり」
「楽しかったです」
「今の話、ホントに楽しかったか……?」
『俺がいじめられてた記録だぞ』と呟く先生が可笑しい。
彼が食べているラスクだって、彼の叔母さんが焼いて渡してくれたものなのに。
「親戚がいないので、微笑ましかったです。また何か話してくださいね」
「……考慮しとく」
少し赤い顔でそっぽを向く。
憎まれ口で喋ってはいたけれど、先生の言葉の端々からご親戚の皆さんへの親愛が伝わってきて、なんだか私も嬉しくなってしまった。
「……あ。そうだ、先生」
「?」
「その。……人と話してると、たまに心臓が高鳴ってしまうんです。どうしてだと思いますか?」
特に、森山くんと話すとそうなりやすい。
……いや、むしろ彼以外で発生していないような?
「不整脈だろ」
「そっか!」
さすが先生。
「若けりゃ色々なるだろうし、一時的なもんなら心配はいらないと思うけど。長引いて頻発するなら言えよ。病院連れてってやる」
「ありがとう、先生」
――*――
翰川先生はにっこりと笑って俺に語り掛けた。
「異種族、神秘持ちはキミのそばに引き寄せられる。目を引く。気になって仕方がない」
「……先生もですか」
「一応ね。仮説の段階なのでまだ言えない」
「…………。先生」
「なんだ?」
「先生って凄く綺麗で可愛いですよね」
「……」
先生の顔が真っ赤になって、椅子の上でじたばたし始める。これぞ翰川先生。
キッチンから彼女を笑顔で撮影するミズリさんも通常運転だ。
「ミズリさん、カレーアレンジどうなりましたか?」
「ココナツミルクとスパイスを足して爽やかな辛味を目指してみたよ」
「おお……ありがとうございます」
自分の家庭になかったテイストの料理を食べられるのはとても嬉しい。
「うー。酷いぃ……」
翰川先生が俺とミズリさんを見比べている。
今日の彼女は、女子たちに選んでもらったというワンピース姿だ。長い脚こそストッキングに包まれているが、事情を知る者としてはその方が安心する。
あー可愛い。
「汚さないようにしなくちゃね」
ミズリさんは翰川先生の服を整え、エプロンをかけて椅子に座らせ直した。
「僕も働く!」
「座ってて。可愛いキミを見せてもらったお礼なんだから」
うお、すっげえ口説き文句。
翰川先生は誉め言葉に弱すぎるため、勝負にならない。真っ赤な顔で黙り込んでぶつぶつ言っている。
俺も椅子から立ち上がり、食事の用意を手伝いに行く。
シアさんがお土産に置いていってくれたカニ缶をカレーに足して食べながら、翰川先生が力説する。
「シェルたちの故郷の世界では、竜は強く賢く美しい怪物として定義されている。シアはそのど真ん中だ。すごく綺麗で格好いい女性だぞ。そしておっぱいがおっきい」
「パヴィちゃんに変なこと吹き込まないであげてくださいね」
「シェルに本気で怒られて怖かった……いや、今はその話ではない。シェルとシアのことだ」
「まあ、はい」
唐突に力説したのも、友人のフォローのためだろうしな。脱線はこの人の特技なので気にしていない。
「彼ら二人は双子で、食の好みも口調もそっくりなわけだが。仲が非常に悪い」
「見てて分かりましたし本人にも言われましたよ?」
「いや……その。単に相性が悪いからとか、そういうことではなく。二人とも……事情があって。互いのコンプレックスを盛大に突きあう状態というか……」
何か思い出してしまったのか、言葉に詰まる翰川先生に代わって、旦那さんが続ける。
「お互いに、自分に足りないものを相手がすべて持ってるんだ。腹を割って話そうとしても、腹を裂きあうような凄まじい喧嘩になるから……本人たちも『自分たちは会わない方がいい』って結論に」
「……」
「二人とも頭がいい。偶然だとわかってる。ただ――感情が割り切れないんだ。キミを振り回してしまったことは、申し訳なく思ってるはずだ」
「…………。何でみんな、そんなに俺に優しいんですかね」
これまでのことは、俺の時間を減らしてしまったことへの謝罪。
やっとわかった。
「キミが優しいからだよ」
先生とミズリさんが笑う。
二人が帰ってしまうのがとても寂しい。
口には出さず、俺も笑ってみせた。
「ありがとうございます」
「ちなみに、シェルとシアのお母さんもおっぱいが大きいぞ」
「全然懲りてないなこの人」
――*――
「もしもし、父さん?」
「あのさ。母さんに連絡……そうじゃなくて。直接話すのは、無理だってわかってるから」
「『ありがとう』って伝えてほしいんだ」
「…………うん。それだけ」
「ありがとう。父さんも体に気をつけて」
「なんとかやってけてるからさ。家庭教師さん、いい人なんだ。ご夫婦でお世話になっちゃってるから、お礼したいんだよね」
「……俺も頑張るよ。東京行ったら、会ってください」
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