Persuasion ―説得

 夜の公園に辿り着いた。区の端の方にある、緑豊かで広大な公園だ。

 勢いのまま飛び出してきてしまった。

 心は沈み切り、ベンチの上で蹲る。

 荷物は”武器庫”に無理やり詰めたが、生徒の成人前に教導役を降りるとなれば書類が必要。アーカイブ代表たちに話を回さなければならない。

 行き当たりばったりで、何をしているんだろう自分……

「……なんでこう、俺は何しても――」

「『上手くいかない』?」

「――」

 ライフルを掴み、背後に立った人物につきつける。

「やあ、可愛いアホ息子」

 エメラルドの髪をした父親が笑っている。

 父さんが作って、母さんが持っていて。

 母さんの形見で母さんの仇。

 ライフルではなくて俺自身が仇。


 母親を殺したそれを、自分は父親に向けている――


「う、あ……ぁ」

 だが、下げることもできない。

「待っ……て。ほしい。待ってごめんなさいどうしようどうしたら何をすべき――」

「てい」

「――いづぅっ⁉」

 指先で突かれると、混乱を極めた脳内が強引に整理された。魔術によるものか。

 思わぬ痛撃に潤む目をあげると、父が困ったように笑っているのが見えた。

「今まで聞かなかったね」

 父はきっとわかっている。

 聞かないでくれたのは、リーネアが自分から話せるようになるまで待つため。

「……口、挟まないで、聞いてほしい」

「うん。わかってる」

「父さんは。母さん、に……俺が、俺は」

 顔には汗が浮き、指先は痙攣を繰り返している。

「リナ」

「俺が。母さん……を」

「リナリア」

 額に手を当てると、震えが止まった。

 父は困った顔で自分を見ている。

「母さん、殺した」

「……うん」

 薄々わかっていた。

 だが――『お母さん殺したの?』なんて聞ける訳がない。 

「殺して、ごめんなさい……」

 震えた声で謝罪する我が子に問う。

「お母さんのこと好きだった?」

 なんでそんなことを聞くんだろう。

 でも、答えないと失礼だからきちんと答える。

「うん……好きだった、と。思う」

 リーネアから表情が失われていく。

「父さん怒ってない?」

「なんで?」

 ライフルを突きつけたまま問う。

「母さん殺したから」

「どうして俺がそれで怒ると思う?」

「……上手く言えない。怒るかなって思った」

「怒ってないよ」

 父はしばし迷ったような仕草を見せた。

「悲しいかな」

「簡潔かつ明瞭に述べろ」

 ライフルを突きつけて迫る姿は、先ほどの錯乱が幻だったかのようだ。

「……竜たちから学習するの、妖精にとってはあんまり良くないんだけどなー」

「大尉は、ともだち」

「知ってる」

 ピーキーな性質ながら、リーネアの良き友だ。

「サリーお姉ちゃんも好き」

「そうだねえ。とっても嬉しい」

「なんで?」

「サリーもキミも、俺にとっては可愛い子どもだから」

「……ふしぎ」

 銃口を手で下げさせ、距離を少し詰める。

「答えるよ」

「うん」

「妻の死は悲しい。キミが手をかけたことも……かけざるを得なかった状況も悲しい。傍に居なかった自分が殺したい程度に憎い」

「…………」

「俺が責めても謝っても、自責の念は拭えないでしょう? その気持ちはキミが持っていて。吐き出したいと思ったら、俺とか父さんとか母さんとか……吐き出せる人に吐き出してね」

 ライフルが消える。

 夕暮れの髪の頭に手を伸ばして撫でる。

「ごめんなさい」

「いいよ」

 一瞬だけ、瞳に青い火花が散った。

「……」

 オウキがパターンの暴走を警戒していると、リーネアがぐしゃりと顔を歪めた。

「母さん、最後になんて言おうとしたのか、わからなかった」

「?」

「撃ち殺す前。……母さん、喉が破れて、破って……破ったから。俺が首を、首。声」

 酸欠のようにぱくぱくと口を動かしているせいで、息が苦しそうだ。

「声っ、が。出ないから。出ないけど、出せない。出――ないまま出そうと、し、て。声っ首喉……が。俺に、そのまま」

「落ち着いて」

 安らぎの魔法を込めた毛布を頭にかぶせる。

 3分後、すっぽりと毛布を被ったまま言葉を発した。

「母さんは俺と心中しようとしたんだと思う。首を絞めてきて。でも、俺は反射的に生存しようとした」

「うん」

「もがいてるうちに、母さんが護身用で持ってた拳銃で腹と首を撃ち抜いた」

「うん」

「でも、口径が小さかったから、苦しそうで可哀想だったから。らいふる」

 撫でると声に涙がにじむ。

「ライフルで……頭、抜いた。死んじゃった」

「そうだね」

「殺したら死んじゃったから。でも、小さい俺じゃお墓作れないし。……母さんの体、貯水槽に」

 ぐすっと声が聞こえた。

「……違う。そうじゃ、なくて。そうじゃない……」

 この子は、感情が揺れた時ばかり妖精らしくなる。

 だからと言って、感情が揺れない普段も、感情がないわけではないのだ。

「母さん、は! 俺に最後に、何か言ってたんだ。言おうとしてて」

「うん」

「声が出てなくて。……」


「恨みの言葉だったらどうしよう」

 声が涙で震えている。


「卑怯かなあ。殺したの俺なのに」

「……じゃあ、なんて言ってたか調べよう。シェルのご兄弟に頼んで、キミの記憶を映像媒体に起こしてもらおう。読唇術が使える人に見てもらう。なんて言ってたかわかるよ。そうしてほしいかい?」

 毛布を載せたままぶんぶんと首を横に振る。

「やだ。ぜったいやだ」

「そうだねえ」

 ぐずる息子を引っ張り上げて担ぎ上げる。

「……母さん、俺のことよくおんぶしてくれた」

「そっか」

 おんぶではなく俵担ぎだが、なんとなく通じるものがあるらしい。

「俺が乳製品好きだから、無理してチーズとかヨーグルトとか手に入れてくれて」

「うん」

「何であんなに好きだったのに殺せたんだろう」

「そのまま一緒に死んだほうが良かった?」

「黙秘」

「賢くなったね」

「うー……」

「答えが出ない問題なんていくつもあるでしょ。……だからこそ悩むべきだし、辛いなら言って」

「父さんが父さんらしく見えた」

「ひっどいな」

 くすくすと笑う。

「京ちゃん心配してるから、帰るよ」

「うん」



  ――*――

 なんとなく父さんに担がれたまま、公園の駐車場へと(父さんが)歩いている。

 突然、明るい声音で俺に話しかけてきた。

「そうだ。俺もお母さん殺したことあるよ! お揃い!」

 ――今思い出したが、父は自分などよりもはるかにぶっ壊れているんだった。

「なんかごめん」

 散々に喚いた自分が物凄くいたたまれない。

「いいよいいよお。俺が殺したの育ての母親だし、お揃いって言ったら違っちゃうかなあ」

「ごめんなさいほんとうにごめん……」

 謝っていると、父さんが声から明るさを消した。

「今のは、京ちゃんを傷つけたことのペナルティ」

「…………」

「あの子にとって捨てられるようなものだ。……あれでパターンが大暴走したらどうするつもりだったんだい? ひぞれにお任せ?」

 ひぞれに甘え切っていた。

 コードの達人だから、俺かケイのどちらかが暴走しても収めてくれると計算して。

「だって、なんか……惨めに思えたんだ」

「リナが惨めだったら俺はどうなるのかな。養母殺した。親友殺した。恩人殺したしで」

「……」

「京ちゃんが最優先。彼女が納得しないんなら、キミの気持ちに関係なく同居続行」

 駐車場に辿り着き、アスファルトに降ろされた。

 青のレンタカーが停まっている。

「これ父さんの?」

「…………さすがに徒歩往復はね……」

「?」

 よくわからないことを呟いている。

「まあいいや。京ちゃんはどうしてるの?」

「ひぞれが見ててくれてる」

「ぶれないねえ、あの子は……」

 俺は助手席に。父さんは運転席に座る。

 ふと思いついて口に出す。

「8月25日」

「?」

「その日に母さん殺した」

「……」

「教えなくてごめん」

 俺が隠していたのが悪かった。

 父と姉の訪問が悪いわけじゃない。

「ありがとねえ、教えてくれて」

 ライフルを抱きしめていると、父さんが撫でてくれた。

 顔を肩にがつんと押し付ける。

「キミの頭突き、下手な当たりどころだったら骨砕けるからね? あとライフル下げて。妖精じゃなかったら通報ものだよ」

「精神安定剤だからむり」

「グラタン焼いてあげるから」

「チーズいれろ」

「わかってるよ。いじけてないで家帰るよ」

「タオルくれ」

「持ってないの?」

「うるせーよ家出状態なんだよ」

「あはは‼」

「爆笑すんなクソ親父。っつーか、免許あんの?」

 特定の異種族ならば、1日で免許を取ることができる。

 道路交通法をきちんと理解して筆記と実技のテストに受かれば即日だ。

「札幌滞在ついでに免許を取ってきたんだよ! これで安心!」

「父さんも進歩するんだな」

「すっげーひどくない?」

 差し出してきた免許証を見る。

「ん。……なあ、父さん」

「なんだい?」

「これ、二輪にしか丸付いてないんだけど……」

 車種が『原付・普通・大型』と並んでいく中、丸が点いているのは原付と二輪だけだ。

「え、違うの?」

 のほほんと『免許は免許だよねえ』と笑う。

「うああああ、もうやだ――‼」

「なんで泣くの!?」 

「叔母さんも大叔父さん大叔母さんも誰も免許の存在理由認識しないしさあ心配なのになんで誰も」

「わ、わかったよ。次はちゃんと……」

「もういい……どうせ特殊車両免許を取るのがオチだ」

「どんだけ信用ないの、俺⁉」

「何を信頼すればいいんだよ‼」

 何度言い聞かせたと思っているんだ。

 技術的に問題なかろうとも、免許は他者に『自分は正式に運転を許可されている』と示す証明なのに。

「俺はレプラコーンではまともな部類なんだよ⁉」

「他が酷すぎるだけだろそれ!」

 言い争っていると、目の端に残っていた涙がこぼれた。

 ダイヤモンドが落ちる。

「……ごめんね」

「いいよ。遺伝だ」



「姉さんも泣いたら宝石?」

「うん。綺麗だよ」

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