Completed ―完了

「これは、あれかなー。時期的に……あれだよねえ」

 オウキは妖精の技能で姿を隠しながら、夕闇から夜空に変わる空の下、公園のブランコで延々と独り言を喚いていた。

「聞くに聞けないからどうしようかと思ってたけど……そっかあ。だから俺はあのアホ息子と似てるのかあ」

 リナリアの双子の兄と、リナリアが出会ってから百年と少し。

 アホ息子が『自分で言うから兄だと言わないでほしい』と伝えてきたのもそのときだ。

 年々言い出しづらくなっていってここまで来てしまった息子は、自分で自分の首を絞めている。

 ……間に割り込むタイミングを逃した自分こそ、父親の癖に情けない。

「この時期に俺と向き合うこと自体が怖くて嫌なことか」

 勇気を出して小樽から札幌へ着いてきたが、その決断はしない方が良かったのだろうか。

「何しても上手くいかないなあ……」

 自分は到底、妻に顔向けなど出来ない存在だ。

 ため息をついていると、スマホが着信を知らせる。

 画面に表示されているのは『Shlemea』という名前。

 要は鬼っ子で化け物な天才からの電話なわけだが……非常に嫌な予感がする。

 だが、スルーした後々の面倒くささを考えると出ないわけにもいかない。

「はいもしもしこちらオーキッド」

『可愛い妖精。ヒントだ』

 予想通り、シュレミアの周りにくっついている神様の中でも弩級の化け物。悪竜兄弟たちの祖先。

 《謎かけ》の元祖でもある彼は、ヒントと称して事態を引っ掻き回す悪癖がある。

「……あんたが出るの、珍しいね」

『我は原種レプラコーンが好きでな……どうしようもなく愚かで愛おしい』

 神特有の天から目線だ。

「クソ竜」

『何か言ったかオーキッド?』

「電話をかけてもらってとっても光栄です☆」

『最初から素直にそう言え』

 オウキは『やっぱこの神様バカだな』と思いつつ、一方通行で言葉を叩きつけてくる神様の声に耳を傾ける。

『鬼っ子がお前たち親子を心配しているし、気もそぞろな鬼っ子を心配する我が妻やその友人たちが可哀想なので助言をやろう。思う存分感涙に咽べ』

「アリガトウゴザイマス」

 超尊大な態度は彼が神だからだ。こういった性格ばかりの神々と日々向き合うシュレミアを尊敬する。

 こちらが疲れるばかりの会話を長引かせることもない。

「で、偉大なる神はどのようなアドバイスを?」

 単刀直入にいこう。

『さっさと向き合え。以上』

「えっ、ちょ――」

 ――足元にぽっかりと真っ黒な穴が開き、オウキはなすすべもなく落下した。



  ――*――

「ケイ」

 リーネア先生が私の名前を呼び捨てで呼んだ。

 恐る恐る振り向くと、いつもの無表情の彼が立っている。

「せ、先生……!」

「うん」

「ほんとに、先生ですか……?」

「……俺みたいな見た目の奴、滅多にいないと思うけどな」

 確かにそうだけどそうじゃなくて!

「私のこと思い出して……? 翰川先生も」

「うん。……いやあ、先入観なしで見るとミズリってまともに見えるんだなーと再確認したわ」

「? ミズリさんは格好良い大人のお兄さんですよね」

「…………。そうだな」

 微妙に目を逸らされた。

 でも、今は思い出してくれたことの方が嬉しくて、気にならない。

「思い出すの、凄く早かったですね。さすが先生。パターンの扱いも上手くて」

「うん。ありがとう」

「……リーネア」

 それまで黙っていた翰川先生が、少し震えた声で口を挟む。

「それ以上は」

「ひぞれ。居てくれたことは感謝する。でも、ちゃんと言わせろ」

「言ってほしくないから言っているんだ。キミは――」

「あー、うるさい」

「っ――リーネア‼」

 叱るように語気を強くする翰川先生の言葉を遮って、背を向ける。

 もう一度私に向き直る。

「ケイ」

「……は、い」

 先生は透明な表情で私を見ている。

「お前が覚えてるかどうかわからないけど、前に……俺とケイは似てるって言った」

「……なんとなく覚えてます」

 緩く微笑んだ。

「お前を尊敬してる」

「え」

「体も精神も極限状態だったのに、殺すことも暴力を振るうことも選ばなかったお前を尊敬してる。……限界を迎えたときは、振り切れて俺に攻撃してきたけど」

 懐かしむように呟く。

「……先生?」


「お前の教導役、降りるわ」

「え?」

 耳に音は入ってきたが、脳が認識を拒絶する。


「パターンの教導役出来る奴少ないけど、友達に何人かいるしさ。俺なんかより達人な奴紹介する。俺より頭も精神もまともだから」

 我慢しきれないといった様子の翰川先生が叫ぶ。

「リーネア。それ以上は怒るぞ‼︎」

 彼はとても苦しそうな笑顔で私の額をつついた。

「ごめん、むり」

 ――そのまま、ベランダに飛び出して外へ飛び降りる。

 目にもとまらぬ早業だった。

「……怒った。怒ったので、ネタばらししてやる……!」

 ネタばらしとは、今回の顛末だろうか。

 けれど、私は考えなければならない。

 リーネア先生と、顔も覚えていない誰かにそう教わったから約束を破るわけにいかない。

「……せんせい」

「ん。……なんだ?」

「リーネア先生は」

 口に出すのがためらわれるが、告げる。

「お母さんを殺してる……?」

 彼女の驚く顔で、これが《答え》だとわかった。



「先んじて言っておく。オウキと、リーネアの双子の兄。そして奥方とリーネア。四人が分かたれてしまったことにそれぞれの過失は一切ない。子供が赤子の時に別れたから、オウキも身動きが取れなかった」

「……はい」

 生まれたばかりの子どもを抱えて移動するのは、現実的に不可能だ。それは私でもわかった。

「リーネアの元居た世界では、赤い瞳は異種族または神秘持ちの証明だった。……同時に、差別の対象でもあったそうだ」

 翰川先生は苦い顔で語り始めた。

「リーネアとその母親が居たところは……赤い瞳の人間を捕まえれば賞金が出るような国の地下。そこには俗に『赤目狩り』と呼ばれる集団が居たらしく、赤い瞳を持つリーネアは狙われていた。となれば、母親は彼を守ろうとする」

「……」

「だが、リーネアにはライフルがあった。オウキが作り上げたそれは、レプラコーン以外には引き金を引くこともできないが、ひとたびレプラコーンが持てば魔法となる格別」

 お父さんが作って、別れたお母さんが偶然に所持したライフル。

 確かに――『父さんと母さんからもらった』と表現しても間違いではない。

「母を脅かす男たちを殺せば喜んでもらえると考えた彼は、無邪気に殺した」

「……あの。もしかして……」

「副作用ではないよ。人と同じ姿かたちをしているように見えても、レプラコーンと人間は別種の生き物だからだ」

 彼女は言葉を選びながら伝えてくれる。

「猫は捕らえた獲物を飼い主に贈ることがある。諸説あれど、猫から飼い主への愛情表現であることに違いはない。それと同じで、リーネアにとっては、危機を排除してみせることが愛情表現だったんだ。パターンの副作用で笑えもしない自分を心配する母に、『自分はあなたが好きです』と不器用に伝えた」

 苦虫をかみつぶしたような顔で呟く。

「……つもりだった」

 続きは言われなくともわかった。

 リーネア先生の愛情表現は、お母さんに伝わらなかった。

 お母さんはきっと、無邪気に殺戮を始めた息子がストレスで壊れたように見えてしまって、ますます追い詰められていって。

 ――いつしか、理性の糸が切れた。

「一概に責めることはできない。人は追い込まれればまともな判断なんてつかなくなる」

「知ってます……」

 身をもって知っている。

「……幼い息子の前では取り繕っているように見えても、中身はぐちゃぐちゃだったかもしれない」

「……」

「リーネアの首を締めて、すぐ後で自分も後を追おうとした。……彼は死にものぐるいでもがき、拳銃を掴み取って撃って。腕が離れた母をライフルで撃ち殺した」

 ライフルを使い続ける彼の気持ちはいかばかりか。

「リーネアは母に愛されていて、彼も彼なりに母を愛していた。表情にも出ないし、していることと言えば殺戮だったが、それは間違いなく愛情表現だった。……伝わらなかっただけで」

 翰川先生は、必死に説明してくれている。

 ――大切な友人であるリーネア先生への誤解が生じないように。

「幼い彼には、母を殺したということをストレートに受け止めるのは非常に難しいことだったから……『自分は誰でも殺せるから、母親を殺したのは不自然じゃない。異常じゃない』と思い込んだ。これこそパターンによる自己改造」

 息継ぎの合間に、彼女がテーブルの上で私を指し示す。

「そんな彼だが……キミと出会って価値観が揺らいだ」

「私?」

「愛情を注いでくれた母親を、で殺せる自分は、異常なのではないかと考えた」

「……お母さん、私のこと愛してませんでしたよ」

「だからだよ。愛されていないキミでさえ衝動を我慢できたのに、愛されていた自分は殺したことを父にも言えずに何をしているんだろうと思ったんだ」

 苛烈な自縄自縛。

「キミを敬愛している」

「比べようもないのに?」

 親に愛されずに酷い環境に居た私と、地獄の中でも愛されていた彼。

 まるきり違うのに、彼は同じように考えている。

「誠実であろうとしているから比べてしまう。夏の特別講義の間は仕事に集中するから、顔を合わせても気にはならなかったのだろう。……話はここまでだ」


「で、キミはどうしたい?」

「先生に文句を言いたいです」

 決めつけないでほしい。


 私は先生が好きで、傍に居てほしいから先生と居ることを選んだのだ。

 あんなことをいきなり言われても納得がいかない。

「強いな。さすが京」

 彼女が複雑そうな微苦笑で呟く。

「キミかリーネアのどちらかが暴発するかと思ってお節介をしていたが……逆効果だったかな」

「心強かったです」

 涙で声が震える。

「でも、せんせいに拒絶されたの、ダメージ。……居てくれ、ますか?」

「もちろんだ」

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