アイスとそれにまつわる戦い

「ところで、『リナ』っていうのは?」

 リーネアを縮めた愛称かなとはわかっているが、音が不思議だ。

「この子がリナリアだから」

「偽名ですか――って危な‼」

 いつの間にか背後に立ったリーネアさんが俺の首を狙っていた。

 アイスとスプーン片手の人に締め落とされるところだった。

「偽名じゃねえよ。女みたいで嫌だから音伸ばしてるだけだ」

「あ……そうなんすね……」

「ふん。……っつーか、父さん。そんなに爆笑するくらいならこの名前やめてほしかったんだけど」

「wwwww」

 躊躇のない爆笑と容赦のないバックドロップ。

 すげー、あんな大技初めて見た。

 オウキさんは空中で体をひねって抜け出し、軽やかに着地する。彼の身体能力も人外のようだ。

「もー、笑ってる途中で攻撃されると咽るからやめてよね」

 けらけらと上機嫌な笑顔のまま体勢を整えた。

「うるせえ死ね。大体、なんでこの名前なんだ?」

「キミのお母さんが名付けたんだよ」

「じゃあいいや」

 親子喧嘩の決着が早い。

「先生っ。アイス分け合いませんか?」

 カップアイスを持った三崎さんがやって来て俺の傍に座る。……三崎さんから、なんだかちょっと甘い匂いがすることにどぎまぎする。

 気付けば、佳奈子はいつの間にやらシュレミアさんと翰川夫妻のテーブルに移動していた。刺身を分けてもらっているらしい。

 紫織ちゃんは……まだ、ルピネさんと謎の女性と話し込んでいる。

「いいよ。こっち抹茶だ」

「私バニラだよ。口付ける前に……あ、森山くんイチゴ?」

「交換する?」

 ドタバタしていたせいでまだ口をつけていなかった。

 開けてみたら硬そうだったので、少し溶かしてから食べようと思っていた。時間停止のカップなどではないそうだから、そろそろ食べごろだろう。

「いいの? ありがとう」

「取り皿に落とすか」

「あ、俺も交換参加するー」

「オウキ先生のは何味ですか?」

「チーズ」



  ――*――

「佳奈子、佳奈子。アイス交換してください」

 和やかに取り分けているコウたちと違って、シェル先生は自分のアイスをカップごとずずいと差し出している。大人げがない。

 彼のアイスは抹茶で、あたしのアイスはイチゴ。

 ……先生の好きなものはイチゴ。

「ちなみに嫌だって言ったらどうなるの?」

 抹茶も食べれないではないけど、イチゴの方が好きだ。

 食べている周りの反応を見るに、なかなか濃厚で美味しいらしいし、折角なら好きな味を食べたい。

「…………」

 シェル先生が無表情ながらうちひしがれた顔をして、しょぼしょぼと食卓に向き直る。

 そのままアイスを鍋に空けようとしている。

「こら‼」

 ローブのフードを引っ張って止めると、先生がいじけて答える。

「イチゴアイスが食べられないならこんなの要りません」

「あんたはガキか⁉」

「イチゴ……」

「いじけないで!」

 いじいじしながら、抹茶アイスの蓋を閉じて長机に顔を突っ伏した。

「……シェル、僕のチーズ味だが、交換するか?」

 彼を見かねた翰川先生からの提案も涙声ではねのける。

「イチゴがいいです……」

「むう。……その抹茶アイスどうするんだ」

「他の人にあげます」

「あーもう……」

 シェル先生は一度いじけると回復まで長い。折れて譲ってあげれば回復は早い。

「ほら、あげるから泣きやめっ‼」

 抹茶とイチゴを強引に交換すると、先生の表情がぱあっと明るくなる。

「ありがとうございます」

 その綺麗な顔で喜ばれると悪い気はしない。

 先生はうきうきでイチゴアイスを食べ始めた。

「……なんだかんだで甘やかしちゃうから、いつまでもああなんじゃないかなー」

「シェルはいつまでも少年の心を忘れないからな」

 翰川夫妻がなんか言ってるのが聞こえたけど、気にしない。



  ――*――

「……」

「…………」

 向き合う私たちを、ルピネさんが紹介します。

「こちら、七海紫織。私の教導役としての生徒だ」

「初めまして」

「ルピナス・ヴァラセピス。オウキの娘さんで、リーネアの姉」

「初めましてえ」

 ルピナスさんは、一息ついてから私ににっこりと微笑みかけました。

「ルピネちゃんの大親友のルピナスだよ。名前までそっくりでとっても仲良しなんだ」

「ルピネさんの弟子の紫織です。唯一の弟子なんですよ。一番弟子です」

「……ふふふふ。可愛いねー」

「えへへ……」

 ルピネさんは『うむ。仲良く出来そうで良かった』と安心していらっしゃる様子。

 そんな鈍感なルピネさんも好きです。

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